善意は狂気か、それとも希望か。無垢な青年が都会の闇を浄化する奇跡の喜劇

田舎町で平穏に暮らす青年ディーズが、巨額の遺産を相続して大都会ニューヨークへ。彼を嘲笑う世間と、特ダネを狙う女性記者。フランク・キャプラ監督が贈る、人間への信頼を取り戻させてくれる人情喜劇の最高傑作。
オペラハット
Mr. Deeds Goes to Town
(アメリカ 1936)
[製作] フランク・キャプラ
[監督] フランク・キャプラ
[原作] クラレンス・バディントン・ケランド
[脚本] ロバート・リスキン
[撮影] ジョゼフ・ウォーカー
[音楽] ハワード・ジャクソン
[ジャンル] コメディ
[受賞]
アカデミー賞 監督賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー 作品賞
NY批評家協会賞 作品賞
ヴェネチア映画祭 特別賞
キャスト

ゲイリー・クーパー
(ロングフェロー・ディーズ)

ジーン・アーサー
(ルイーズ・‘ベイブ’・ベネット/メアリー・ドーソン)
ジョージ・バンクロフト (マック・ウェイド)
ライオネル・スタンダー (コーネリアス・コッブ)
ダグラス・ダンブリル (ジョン・セダー)
レイモンド・ウォルバーン (ウォルター)
H・B・ワーナー (メイ判事)
ルース・ドネリー (メイベル・ドーソン)
ウォルター・カトレット (モロー)
ジョン・レイ (農夫)
受賞・ノミネートデータ
- 1936年 第9回アカデミー賞
- 受賞:監督賞(フランク・キャプラ)
- ノミネート:作品賞、主演男優賞(ゲイリー・クーパー)、脚色賞、録音賞
- 評価
- 「キャプラ・エスク(キャプラ調)」と呼ばれる、理想主義とユーモアが融合したスタイルの確立を告げた一作です。1936年のニューヨーク映画批評家協会賞で最優秀作品賞を受賞。
ストーリー
バーモント州の田舎町で、グリーティングカードの詩を書きながらチューバを吹いて暮らす風変わりな青年ロングフェロー・ディーズ(ゲイリー・クーパー)。彼はある日、遠い親戚から2,000万ドルという巨額の遺産を相続することになり、ニューヨークへと連れ出される。
金の亡者たちがディーズを取り囲む中、野心家の女性記者ベイブ(ジーン・アーサー)は、正体を隠して彼に近づき、「オペラハットの成金」として彼を嘲笑する記事を連発する。しかし、ディーズの裏表のない誠実さと、生活に困窮する人々を救おうとする純粋な善意に触れるうちに、ベイブは自らの行為を恥じ、彼に心から惹かれていく。一方、遺産を狙う弁護士たちは、全財産を失業者に分け与えようとするディーズを「精神異常者」として訴え、裁判にかける。
裁判所では、ディーズの田舎風の奇行(考え事をする時にチューバを吹く、など)が次々と証拠として挙げられる。ディーズは失望し、一時は黙秘を貫くが、ベイブの涙の告白と励ましによって立ち上がる。
ディーズは自ら弁護を行い、自分を狂人扱いする人々に対し、「誰だって何かしら小さな癖はあるものだ。それを狂気と呼ぶなら、この世に正気な人間などいない」と理路整然と反論。さらに、彼を訴えた者たちの強欲さを暴き出す。傍聴席の群衆はディーズを支持し、判事は「あなたは、今この法廷にいる誰よりも正気だ」と宣言して勝訴を言い渡す。ディーズはベイブと結ばれ、富を真に必要としている人々へと繋いでいくのだった。
エピソード・背景
- ゲイリー・クーパーの当たり役
「寡黙で誠実なアメリカ人」というクーパーのパブリック・イメージは、本作によって決定づけられました。彼がチューバを吹く姿は、映画史に残る愛らしいアイコンとなっています。 - ジーン・アーサーの出世作
監督は当初別の女優を考えていましたが、ジーン・アーサーを起用。彼女のハスキーボイスと、都会的な冷徹さが愛によって溶けていく繊細な演技は絶賛されました。 - 社会へのメッセージ
大恐慌後のアメリカにおいて、富の再分配や隣人愛を説いた本作の内容は、当時の観衆に熱狂的に受け入れられました。 - ピクスレイテッド(Pixilated)
劇中でディーズを表現する際に使われた「ピクスレイテッド(妖精に取り憑かれた=少しおかしい)」という言葉は、当時の流行語になりました。 - キャプラとリスキンの名コンビ
監督キャプラと脚本家ロバート・リスキンによる黄金コンビが、ユーモアの中に鋭い社会批判を忍ばせた構成は、後のコメディ映画の教科書となりました。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、「常識」という名のもとに個性を押し潰そうとする都会の冷酷さと、それを打ち破る「無垢な善意」の勝利を描いています。ディーズが全財産を失業者に提供しようとする行為は、当時の社会主義的、あるいは人道主義的な理想を体現していました。
裁判のシーンで語られる「人間は誰しも助け合って生きるべきだ」というメッセージは、時代を超えて観る者の胸を打ちます。本当の狂気とは何か、本当の正気とは何かを、笑いと涙の中で問いかける人間ドラマの傑作です。
〔シネマ・エッセイ〕
ニューヨークの喧騒の中で、一人チューバを吹くディーズの姿。それは、効率や利益ばかりを求める現代社会において、私たちが忘れかけている「自分のリズム」を象徴しているようです。
ゲイリー・クーパーの、あの照れくさそうに笑う表情と、一度決意した時の真っ直ぐな瞳。彼が演じるからこそ、このおとぎ話のような善意の物語に、揺るぎない説得力が生まれています。また、最初は彼を利用しようとしたジーン・アーサーが、彼の純粋さに触れて自分を恥じる姿は、観客自身の心の投影でもあります。
「オペラハット」という軽快な邦題とは裏腹に、そこには人間という存在への深い肯定が詰まっています。どんなに世界が冷たくなっても、ディーズのような「善良な隣人」がどこかにいるはずだと思わせてくれる。そんな温かな勇気をくれる一本です。

