禁酒法時代のシカゴから、太陽のフロリダへ。女装した二人の楽士と、輝くようなマリリンが織りなす、コメディ映画の最高峰。

聖バレンタインデーの虐殺を目撃したばかりに、ギャングから追われる身となった楽士のジョーとジェリー。二人が逃げ込んだ先は、なんと全員女性の楽団だった。金髪の歌姫シュガーに恋をしながら、女装して逃亡生活を続ける抱腹絶倒のドタバタ劇。
ビリー・ワイルダー監督が、性別の壁や倫理を軽やかに飛び越えて描き出した、映画史に燦然と輝く喜劇の金字塔。
お熱いのがお好き
Some like it Hot
(アメリカ 1959)
[製作] ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド/ドゥエイン・ハリソン
[監督] ビリー・ワイルダー
[原作] ロバート・ソーレン/M・ローガン
[脚本] I・A・L・ダイアモンド/ビリー・ワイルダー
[撮影] チャールズ・ラング
[音楽] アドルフ・ドイッチ
[ジャンル] コメディ/恋愛
[受賞]
アカデミー賞 衣装デザイン賞
英国アカデミー賞 男優賞(ジャック・レモン)
ゴールデン・グローブ賞 作品賞/主演男優賞(ジャック・レモン)/主演女優賞(マリリン・モンロー)
キャスト

マリリン・モンロー
(シュガー・ケイン)

トニー・カーティス
(ジョー(ジョセフィーヌ))

ジャック・レモン
(ジュニア・ジェリー(ダフネ))
ジョージ・ラフト (スパッツ・コロンボ)
パット・オブライエン (マリガン)
ジョー・E・ブラウン (オスグッド・フィールディング3世)
ニエミア・パーソフ (リトル・ボナパルト)
ジョーン・ショーリー (スウィート・スー)
エドワード・G・ロビンソン・ジュニア(ジョニー・パラダイス)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 衣裳デザイン賞(白黒部門) | 受賞 |
| 1960 | 第17回ゴールデングローブ賞 | 作品賞(コメディ・ミュージカル部門) | 受賞 |
| 1960 | 第17回ゴールデングローブ賞 | 主演女優賞(マリリン・モンロー) | 受賞 |
| 1960 | 第17回ゴールデングローブ賞 | 主演男優賞(ジャック・レモン) | 受賞 |
評価
コメディ映画の歴史において、本作は最も完璧な脚本と演出を備えた作品の一つとして評価されています。
当時はまだ厳しかった検閲を、ウィットに富んだセリフと洗練された演出ですり抜け、ジェンダーの境界を笑いに変えた手法は革命的でした。
マリリン・モンローのコメディエンヌとしての才能が頂点に達した作品でもあり、トニー・カーティスとジャック・レモンの息の合った女装パフォーマンスは、今なお色褪せない輝きを放っています。
あらすじ:女装して逃げろ、恋のフロリダへ
1929年のシカゴ。失業中のサックス奏者ジョー(トニー・カーティス)とベース奏者ジェリー(ジャック・レモン)は、ギャングによる「聖バレンタインデーの虐殺」を偶然目撃してしまう。
命を狙われた二人は、シカゴを脱出するために、女性だけの楽団に女装して潜り込む。ジョーは「ジョセフィン」、ジェリーは「ダフネ」と名乗り、フロランス行きの列車に乗り込む。
そこで二人は、ウクレレ奏者で歌手のシュガー(マリリン・モンロー)に出会う。ジョーはシュガーに一目惚れし、さらに金持ちのふりをして彼女を射止めようと画策する。一方のジェリーは、女装した姿のまま、本物の大富豪オズグッドに熱烈な求愛を受けてしまう。
宿泊先のホテルに、追っ手のギャングたちが現れ、二人は絶体絶命の危機に陥る。しかし、ギャング同士の抗争に紛れて、ジョーとジェリーは間一髪で逃げ出すことに成功する。
ジョーはシュガーに正体を明かすが、彼女はジョーの嘘を許し、共に歩むことを決める。一方、ジェリー(ダフネ)は、ボートの上で自分を追いかけ続けるオズグッドに対し、ついにカツラを脱ぎ捨て「俺は男だ!」と正体を告白した。
しかし、オズグッドは全く動じることなく、「誰にでも欠点はある(Well, nobody’s perfect)」と笑顔で一蹴する。このあまりにも有名な映画史に残るセリフとともに、物語は幕を閉じる。
エピソード・背景
- 白黒映画になった理由
当初はカラー撮影の予定でしたが、トニー・カーティスとジャック・レモンの女装メイクがカラーだとどうしても不自然に見えてしまい、ビリー・ワイルダー監督はあえて白黒での撮影を決断しました。その結果、1920年代の雰囲気とコメディのテンポがより際立つことになりました。 - マリリン・モンローとの苦労
当時、私生活でもトラブルを抱えていたマリリンは、セリフを覚えるのが苦手で、短い一言に数十回のテイクを重ねることもありました。しかし、ワイルダー監督は「彼女がカメラの前に立つと、すべてが魔法のように輝き出す」と、その天性のスター性を高く評価していました。 - 伝説のラストシーン
有名な「Nobody’s perfect(完璧な人間なんていない)」というセリフは、脚本の段階では単なる「つなぎ」のつもりで書かれたものでした。ワイルダーたちはもっと良いセリフを考えようとしましたが、結局これ以上のものは見つからず、そのまま撮影された結果、伝説のエンディングとなりました。 - 女装指導の専門家
トニー・カーティスとジャック・レモンは、プロの女装家(ドラァグ・クイーン)から、女性らしい歩き方や仕草の指導を受けました。しかしジャック・レモンは、あえてその指導を無視して「ぎこちなく歩く男の女装」を演じることで、笑いを増幅させました。 - トニー・カーティスの「声」
ジョーが金持ちの石油王を装う際、トニー・カーティスは名優ケーリー・グラントのものまねをして話しています。これは、グラントのような洗練されたイメージを演出するための、ワイルダー監督による粋なアイデアでした。 - 検閲との戦い
当時、本作の過激な内容はカトリック教会などから激しく批判されましたが、ワイルダーは一歩も引かず、結果として大ヒットを記録しました。これが、ハリウッドの厳しいコードが崩壊していくきっかけの一つとなりました。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、ドタバタ喜劇の形を借りながら、人間のアイデンティティや愛情のあり方をユーモアたっぷりに描いています。
「誰にでも欠点はある」というラストの一言は、社会的な規範や性別の固定観念を笑い飛ばし、ありのままの人間を受け入れる寛容さを象徴していました。
ビリー・ワイルダー監督による計算し尽くされた演出と、俳優たちの輝くような個性が融合した、映画の魔法が詰まった一本でした。
〔シネマ・エッセイ〕
汽車の煙の中から現れるマリリン・モンロー。その圧倒的なオーラに、私たちはジョーやジェリーと同じように、一瞬で恋に落ちてしまいます。彼女が歌う「I Wanna Be Loved By You(ププッピドゥ)」の甘い歌声は、時代を越えて、世界中の人々の心を溶かし続けています。
女装した二人のハイヒールでのぎこちない歩み。シュガーとのパーティーでの、いたたまれないけれど幸せなひととき。ワイルダーが仕掛けた笑いの罠は、どれも軽やかで、それでいて人間の本質を突いています。
「完璧な人間なんていない」。この言葉を耳にするたび、私たちは救われたような気持ちになります。不器用で、嘘つきで、それでも愛されたいと願う。そんな私たちの不完全さを、この映画は大きな愛と笑いで包み込んでくれるのです。

