ロンドンの雨に濡れる、孤独な女たらしの虚像。ジェラール・フィリップが軽妙かつ残酷に演じた、愛を弄ぶ男の末路。

ロンドンで暮らすフランス人の青年リポア。次から次へと女性を誘惑しては捨て、自らの虚栄心を満たし続ける彼は、真実の愛を求めているのか、それともただのゲームを楽しんでいるのか。
ルネ・クレマン監督が全編ロンドン・ロケを敢行し、ジェラール・フィリップの類まれな貴公子ぶりを逆手に取って、一人のプレイボーイの滑稽さと悲劇性をシニカルに描き出した人間ドラマ。
しのび逢い
Monsieur Ripois
(フランス・イギリス 1954)
[製作] ポール・グレーツ
[監督] ルネ・クレマン
[原作] ルイ・エモン
[脚本] ルネ・クレマン/ヒュー・ミルズ/レイモン・クェノー
[撮影] オズワルド・モリス
[音楽] ロマン・ブラド
[ジャンル] ドラマ/恋愛
[受賞] カンヌ映画祭 審査員特別賞
キャスト

ジェラール・フィリップ
(アンドレ)
ヴァレリー・ホブソン (キャサリン)
ジョーン・グリーンウッド (ノラ)
ナターシャ・パリー (パトリシア)
マーガレット・ジョンストン (アン)
ダイアナ・デッカー (ダイアナ)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1954 | 第7回カンヌ国際映画祭 | 審査員特別賞 | 受賞 |
| 1954 | 第7回カンヌ国際映画祭 | パルム・ドール | ノミネート |
評価
ルネ・クレマン監督が、スタジオを飛び出し、隠しカメラなどを駆使して当時のロンドンの街頭風景をリアルに捉えた野心作です。
ジェラール・フィリップの「清廉な貴公子」というイメージを覆し、身勝手で計算高い、しかしどこか憎めない放蕩息子を演じさせた演出が見事です。
独白形式(ナレーション)を多用し、男の本音と建前の乖離をユーモラスかつ辛辣に暴き出す手法は、後のヌーヴェルヴァーグを先取りするような新しさを持っています。
あらすじ:誘惑という名の迷宮
ロンドンでしがない仕事に就いているフランス人の青年リポア(ジェラール・フィリップ)は、稀代の女たらしだった。
彼は自分の上司の妻、純真な行き遅れの女性、さらには娼婦まで、巧みな嘘と甘い言葉で次々と虜にしては、飽きると容赦なく捨て去る生活を繰り返す。
ある日、彼は知的な女性パトリシア(ナターシャ・パリー)に狙いを定め、いつものように自分の不遇な過去を捏造して同情を引こうとする。
しかし、これまでの女性たちとは違い、パトリシアは彼の下心を冷静に見抜き、容易にはなびかない。
リポアは彼女を征服しようと躍起になるうちに、自分でも気づかないうちに本気で彼女に惹かれ始めていく。
パトリシアの関心を惹きつけ、彼女の愛を繋ぎ止めるために、リポアは狂言自殺を企てる。
窓枠から身を乗り出し、彼女の目の前で危うい演技を見せるリポアだったが、足を滑らせて本当に路上へと転落してしまう。
一命を取り留めたものの、リポアは車椅子生活を余儀なくされる。
皮肉にも、彼がこれまで捨ててきた女性の一人が献身的に彼の世話をすることになる。
パトリシアは彼を見捨てて去り、かつて自由奔放に女たちを操っていたリポアは、皮肉な運命の鎖に繋がれたまま、静かに物語は終わる。
エピソード・背景
- ジェラール・フィリップの演技変隣
『花咲ける騎士道』などで見せた正統派ハンサムの魅力を封印し、本作では嘘にまみれた小心な男を演じました。彼の多才な演技力が、映画に深い陰影を与えています。 - ロンドンの街頭ロケ
クレマン監督は、通行人に気づかれないようバンの中にカメラを隠して撮影を行いました。1950年代半ばのロンドンの生きた空気感が、ドキュメンタリーのような臨場感で記録されています。 - レイモン・クノーの脚本
フランスの鬼才作家レイモン・クノーが参加しており、リポアの独白には彼らしいシニカルなユーモアと鋭い人間観察が反映されています。 - 不道徳への批判
公開当時、主人公のあまりの不誠実さと不道徳な振る舞いに、一部の国では検閲の対象となったり、批判を浴びたりすることもありました。 - カンヌでの絶賛
その斬新な撮影スタイルと冷徹な心理描写は、カンヌ国際映画祭で高く評価され、審査員特別賞を受賞しました。 - 原題の「リポア氏」
原題の『Monsieur Ripois』は、単なる名前以上の響きを持ち、一見紳士を装いながら中身が伴わない男への皮肉が込められています。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、愛を消費し続ける一人の男の虚無を、冷ややかな視線で記録した作品でした。
リポアが繰り返す誘惑は、自己確認のための儀式に過ぎず、彼自身が誰よりも深い孤独の中にいたことを物語っています。
ルネ・クレマンは、軽快なテンポの中に「嘘」という毒を忍ばせ、自ら仕掛けた罠に嵌まっていく男の滑稽な末路を、容赦なく描き出しました。
〔シネマ・エッセイ〕
ロンドンの雨に濡れた石畳を歩く、ジェラール・フィリップ。その横顔は相変わらず美しいけれど、口から出るのは自分を美化するための嘘ばかり。それなのに、彼が寂しげな瞳で語りかけると、女性たちがついつい手を差し伸べてしまう。その危うい魅力こそが、リポアという男の正体なのでしょう。
パトリシアという「鏡」に映し出されたとき、初めて彼は自分の空っぽな内面と向き合うことになります。愛を得るために死を装うという、究極の嘘がもたらした残酷な結末。
車椅子に揺られるリポアの姿は、あまりにも皮肉で、そしてどこか悲しい。愛を弄ぶ者は、結局のところ、自分自身を最も深く傷つけてしまう。映画が終わった後、心に残るのは、降り止まないロンドンの雨のような、しっとりとした苦みです。

