霧のウォータールー橋で誓った再会は、残酷な運命の悪戯によって永遠の別れへと変わる。

第一次世界大戦下のロンドン。空襲の夜に出会った若き将校とバレエダンサーの、短くも美しき恋の行方を描いたメロドラマの最高傑作。主演ヴィヴィアン・リーの儚げな美しさと、あまりにも残酷な運命のすれ違いが、世界中の涙を誘った永遠のラブストーリー。
哀愁
Waterloo Bridge
(アメリカ 1940)
[製作] シドニー・フランクリン/マーヴィン・ルロイ
[監督] マーヴィン・ルロイ
[原作] ロバート・E・シャーウッド(戯曲『ウォータールー橋』)
[脚本] S・N・バーマン/ハンス・ラモウ/ジョージ・フローシェル
[撮影] ジョゼフ・ルッテンバーグ
[音楽] ハーバート・ストザート
[ジャンル] ドラマ/恋愛/戦争
キャスト

ヴィヴィアン・リー
(マイラ・レスター)

ロバート・テイラー
(ロイ・クローニン)
ルシル・ワトソン (マーガレット・クローニン)
ヴァージニア・フィールド (キティ・メレディス)
マリア・オースペンスカヤ (オルガ・キロワ)
C・オーブリー・スミス (公爵)
ジャネット・ショー (モーリン)
ジャネット・ウォルド (エルザ)
ステフィ・ドゥナ (リディア)
ヴァージニア・キャロル (シルヴィア)
リーダ・ニコワ (マリー)
フローレンス・ベイカー (ベアトリス)
マージェリー・マニング (メアリー )
フランシス・マッキナーニー (ヴァイオレント・‘ヴィー’)
エレノア・スチュワート (グレイス)
受賞・ノミネートデータ
- 評価
- 第13回アカデミー賞において、撮影賞(白黒部門)と作曲賞の2部門にノミネートされました。1931年の同名映画(邦題『ウォータールー橋』)のリメイクですが、マーヴィン・ルロイ監督による本作の完成度は極めて高く、主演のヴィヴィアン・リー自身も「自分の出演作の中で最も好きな作品」として挙げています。特に日本では戦後の公開時に爆発的なヒットを記録し、主題歌として使用された「別れのワルツ(蛍の光)」とともに、悲恋映画の代名詞として今なお語り継がれています。
あらすじ:霧の中の邂逅
第二次世界大戦が始まったばかりのロンドン。初老の将校ロイ・クローニン(ロバート・テイラー)は、フランスへ出征する直前、ウォータールー橋の上で立ち止まり、一つの幸運のお守りを見つめていた。彼の脳裏には、第一次大戦下の20年前に起きた悲しい恋の記憶が蘇る。
若き日のロイは、空襲を避けるために地下鉄の駅へ逃げ込んだ際、バレエダンサーのマイラ(ヴィヴィアン・リー)と出会う。二人は瞬く間に恋に落ち、翌日には結婚の約束を交わすが、ロイには無情にも前線への出動命令が下る。
ロイを見送ったマイラを待っていたのは、過酷な現実だった。公演を無断欠席したことでバレエ団を解雇され、さらに新聞の戦死者名簿にロイの名前を見つけてしまう。絶望の淵に立たされた彼女は、生きるために夜の街に立つ娼婦へと身を落としていく。
一年後、ウォータールー駅で兵士を待っていたマイラの前に、死んだはずのロイが奇跡的に姿を現す。捕虜になっていた彼は生きていたのだ。狂喜するロイは、彼女を自分の実家へと連れて行き、改めて結婚を申し込む。しかし、清らかな日々には戻れないという罪悪感に苛まれるマイラは、ロイの母親に真実を告白し、黙って彼の前から姿を消す。
マイラが向かったのは、二人が初めて出会った思い出の場所、霧に包まれたウォータールー橋だった。彼女はロイの幻を追い、お守り(ビリケン人形)を握りしめながら、近づいてくる軍用トラックの前に身を投じる。現代に戻り、橋の上で白髪のロイがそのお守りを見つめているシーンで映画は静かに終わる。彼の心の中には、今もあの頃の美しいマイラが生き続けていた。
エピソード・背景
- 『風と共に去りぬ』直後のヴィヴィアン
スカーレット・オハラ役で世界の頂点に立った直後のヴィヴィアン・リーが、正反対の「耐える女性」を演じ、その演技の幅の広さを証明しました。 - ローレンス・オリヴィエとの共演ならず
当初、ヴィヴィアンは実生活の恋人(後に夫)であるローレンス・オリヴィエとの共演を熱望していましたが、スタジオはロバート・テイラーを起用。しかし、結果としてテイラーの誠実な軍人像が作品の悲劇性をより高めることになりました。 - 検閲による設定の変更
1931年版に比べ、本作は「ヘイズ・コード(検閲規定)」の影響を強く受けています。マイラが娼婦になる過程は直接的には描かれず、影や表情、セリフのニュアンスで暗示するように演出されましたが、それが逆に上品な哀愁を生み出しました。 - 「別れのワルツ」の魔法
二人が最後のアイスクリームを食べるダンスホールのシーンで流れる『蛍の光』のワルツ。ろうそくの火が一本ずつ消されていく演出とともに、観客の涙腺を刺激する屈指の名シーンです。 - ロバート・テイラーの代表作
それまで「美しいだけの俳優」と評されがちだったテイラーにとって、本作は彼の俳優としてのキャリアにおける最高傑作となりました。 - ビリケンさんの幸運
劇中で幸運の神様として登場する「ビリケン人形」。日本でもこの映画の影響でビリケンさんの名が広く知られるきっかけの一つとなりました。
まとめ:作品が描いたもの
『哀愁』は、戦争という巨大な暴力が、個人のささやかな幸福をいかに無残に引き裂くかを、格調高いメロドラマの形式で描き出した一作です。この映画の核心にあるのは、マイラの「潔癖すぎる愛」です。愛する人の誇りを守るために自らを罰する道を選んだ彼女の悲劇は、当時の道徳観を反映しつつも、時代を超えた純愛の形として観る者の胸を打ちます。
マーヴィン・ルロイ監督は、全編を覆う霧と影の映像によって、運命に翻弄される人々の不安と儚さを視覚的に表現しました。ウォータールー橋という特定の場所を「出会い」と「死」の結節点に据えた構成は、映画史に残る見事な構成美です。
悲しい結末でありながら、作品全体に漂う気品と美しさは、主演二人の圧倒的なスター性と、細部までこだわり抜いた演出の賜物です。失われた恋を抱きしめて生きる男と、愛ゆえに死を選んだ女。そのあまりにも切ない交錯は、これからも「哀愁」という言葉とともに、人々の記憶に刻まれ続けることでしょう。
〔シネマ・エッセイ〕
霧の深い夜、街灯に照らされたヴィヴィアン・リーの横顔を見つめるたび、胸が締め付けられるような感傷に包まれます。彼女の大きな瞳に映る、期待と不安、そして絶望。言葉にならない感情が、霧とともに画面から溢れ出し、観る者の心を濡らしていきます。
「別れのワルツ」が流れる中、一歩一歩、終わりへと近づく時間を惜しむように踊る二人。あの瞬間の輝きが永遠であればいいのにと、何度願ったことでしょう。現実は残酷で、過ぎ去った時間は二度と戻りませんが、ロイが橋の上で見つめる小さなビリケン人形の中に、確かに二人の愛の時間は封じ込められています。
誰かを愛することが、時に自分を許せなくなるほどの苦しみを生む。その矛盾した感情こそが、この映画を単なる物語以上の、魂の叫びに昇華させています。ラスト、霧の彼方に消えていく彼女の幻影を追いながら、私たちは愛の尊さと、その代償としての孤独を深く噛み締めるのです。

