エドウィージュ・フィエール
Edwige Feuillere

1907年10月29日、フランス・ヴスール生まれ。
1998年11月13日、フランス・パリで死去(老衰)。享年91歳。
本名エドウィージュ・カロリーヌ・カナティ。
コンセルヴァトワールに学び、トップで卒業後コメディ・フランセーズに入る。24歳の時映画デビュー。
今回は、フランス演劇界と映画界の至宝であり、その圧倒的な気品と知性から「フランス演劇界のファーストレディ」と称えられたエドウィージュ・フィエールをご紹介します。
ハリウッドの華やかさとは一線を画す、ヨーロッパの伝統に裏打ちされた深い情熱。そして、ジャン・コクトーやジャン・マレーといった伝説的な才能たちを虜にした彼女の、高潔な歩みを辿ってみましょう。
銀幕に咲いた「青い血」の誇り。エドウィージュ・フィエール、愛と理知を貫いたフランスの象徴
彼女の演技は、一言で言えば「完璧な抑制」です。わずかな視線の動きや、静かな声のトーンだけで、激しい情熱や深い悲しみを表現する術を心得ていました。
代表作『双頭の鷲』で見せた、悲劇に殉じる王妃の姿は、まさに彼女にしか演じられない「高貴さ」の極致。私生活においても、ナチス占領下の困難な時代を気高く生き抜き、戦後のフランス文化の復興を支えた真の知識人でもありました。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:エドウィージュ・カロリーヌ・キュナティ
- 生涯:1907年10月29日 ~ 1998年11月13日(享年91歳)
- 出身:フランス / オート=ソーヌ県ヴズール
- ルーツ・家庭環境:
- 父:イタリア系。エンジニア。
- 母:ドイツ系。
- 夫ピエール・フィエール:俳優。1931年に結婚するが、数年後に離婚。しかし、彼女は生涯「フィエール」の姓を名乗り続けました。
- 背景:パリ・コンセルヴァトワール(国立高等演劇学校)を首席で卒業。コメディ・フランセーズの一員としてキャリアをスタートさせましたが、より自由な表現を求めて独立しました。
- 功績:フランス政府からレジオン・ドヌール勲章(グラントフィシエ)を授与。1984年にはセザール賞の名誉賞を受賞するなど、フランスを代表する文化的アイコンとして晩年まで尊敬を集めました。
🏆 主な功績・活動
| 公開年 | 出来事 | 備考 |
| 1931 | 『ル・コルドン・ブルー』映画デビュー | 舞台と並行して映画界でも頭角を現す |
| 1935 | 『ルクレツィア・ボルジア』主演 | 歴史上の悪女を、知的で複雑な魅力を持つ女性として演じ、国際的な評価を得る |
| 1940 | 『うたかたの恋』主演 | オーストリア皇太子ルドルフの恋人マリー・ヴェッツェラを演じ、悲劇のヒロインとして決定的な人気を得る |
| 1948 | 『双頭の鷲』主演 | ジャン・コクトーが彼女のために書き下ろした役。ジャン・マレーとの共演は伝説に |
| 1984 | セザール賞 名誉賞受賞 | フランス映画界への長年の貢献を称えられる |
1. 宿命の王妃:双頭の鷲(1948)
ジャン・コクトーが監督・脚本を務めたこの作品は、エドウィージュ・フィエールのキャリアにおける最大のモニュメントです。
暗殺者に愛を捧げる孤独な王妃。彼女が見せた、死をも超越する気高い愛の形は、当時の観客に強烈な印象を残しました。贅を尽くした衣装と、コクトー独自の幻想的な演出の中で、彼女の美しさは神格化されました。
2. 禁断の教育:青い麦(1954)
コレットの小説を映画化したこの作品で、彼女は年若き青年に愛と性の手ほどきをする「白衣の夫人」を演じました。
ともすればスキャンダラスになりかねない役どころを、彼女は一切の下卑た空気を感じさせず、気品ある「大人の女性の嗜み」として表現。フランス映画が持つ独特の成熟したエロティシズムの象徴となりました。
📜 エドウィージュ・フィエールを巡る知られざるエピソード集
1. ジャン・コクトーの「ミューズ」として
ジャン・コクトーは彼女の声を「水晶の響き」と絶賛しました。彼は彼女を「フランスの演劇そのもの」と呼び、彼女が舞台に立つだけで空間の温度が変わると信じていました。二人の芸術的な絆は、彼女の死まで揺らぐことはありませんでした。
2. ハリウッドの誘いを断った「誇り」
その美貌から何度もハリウッドからオファーが届きましたが、彼女は「フランス語のニュアンスを失いたくない」という理由ですべて断りました。当時の多くの俳優がアメリカンドリームを夢見る中で、彼女はあくまでフランス文化の守護者であることを選んだのです。
3. 晩年の「舞台への執念」
80代を過ぎても舞台に立ち続けました。晩年の代表作『ヴィシール(Visir)』では、全編車椅子に座ったままの演技でしたが、声と表情だけで劇場の空気を支配したといいます。彼女にとって「演じること」は、呼吸をすることと同義でした。
4. マレーネ・ディートリッヒとの友情
ドイツからフランスへ、そして世界へと羽ばたいたディートリッヒとも深い親交がありました。二人はタイプこそ違えど、「自立した強い女性」としての連帯感を持っていたといいます。
📝 まとめ:フランスが愛した、永遠のグランド・ダム
エドウィージュ・フィエールは、流行に左右される「スター」ではなく、時代を超越した「芸術」そのものでした。
彼女が示したのは、女性の真の美しさは知性と品位によって形作られるという事実です。激動の20世紀を駆け抜け、91歳でこの世を去るまで、彼女は一度もその誇りを失うことはありませんでした。フランスの古い映画を観る時、私たちは今も彼女の静かな声の中に、古き良きヨーロッパの良心を見出すことができます。
[出演作品]
1933 年 26 歳
おしゃれの王様 Les aventures du roi Pausole
1935 年 28 歳
1936 年 29 歳
1939 年 32 歳
明日はない Sans lendemain
1945 年 38 歳
1946 年 39 歳
1947 年 40 歳
1950 年 43 歳
1952 年 45 歳
1954 年 47 歳
青春の果実 Les fruits de l’été
1956 年 49 歳
女が事件にからむ時 Quand la femme s’en mêle
1958 年 51 歳
1961 年 54 歳
素晴らしき恋人たち Amours célèbres
1963 年 56 歳
悪い女 Le crime ne paie pas
1969 年 62 歳
地上の輝き Le clair de terre
Listen, Let’s Make Love
1970 年 63 歳
OSS117 休暇を取る OSS 117 prend des vacances
1975 年 68 歳
1988 年 81 歳
シネマ Cinema (TV)












