ドナ・リード
Donna Reed

1921年1月27日、アメリカ・アイオワ・デニソン生まれ。
1986年1月14日、アメリカ・カリフォルニア・ロサンゼルス・ビヴァリーヒルズで死去(すい臓ガン)。享年64歳。
本名ドナ・ベル・モーレンガー。
20歳の時スクリーン・デビュー。
今回は、アメリカの良心と家庭的な美しさを象徴し、戦後ハリウッドで「理想の隣人」「最高の母」として親しまれたドナ・リードをご紹介します。
不朽の名作『素晴らしき哉、人生!』で見せた献身的な妻の姿で永遠の存在となりながら、一方で『地上より永遠に』ではプロの娼婦役という大胆な役どころに挑戦し、見事オスカーを手にした実力派でもあります。
清潔感あふれる微笑みと、内に秘めた鋼の意志。ドナ・リード、銀幕に咲いた「アメリカの希望」
彼女の魅力は、その端正な顔立ち以上に、観る者を包み込むような温かさにありました。アイオワ州の農場育ちという素朴なルーツを持ち、どれほどスターになってもその誠実さを失わなかった彼女は、米軍兵士たちにとっても「故郷に待つ恋人」の象徴でした。
1950年代からは自身の冠番組『ドナ・リード・ショー』を成功させ、女性プロデューサーの先駆けとしても活躍。晩年には反戦運動にも身を投じた、凛とした生き方を辿ってみましょう。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:ドナ・ベル・マレンジャー
- 生涯:1921年1月27日 ~ 1986年1月14日(享年64歳)
- 死因:膵臓ガン(ロサンゼルスの自宅にて逝去。診断からわずか数ヶ月後の急逝)
- 出身:アメリカ / アイオワ州デニソン
- ルーツ・家庭環境:
- 父ウィリアム:農場経営。
- 母ヘイゼル:5人兄弟の長女として、ドナをしっかり者に育てた。
- 夫ウィリアム・タトル:メイクアップ・アーティスト。1943年結婚、1945年離婚。
- 夫トニー・オーウェン:プロデューサー。1945年結婚。4人の子供を授かるが、1971年離婚。
- 夫グローヴァー・アズマス:退役陸軍大佐。1974年結婚。ドナの死まで添い遂げた。
- 背景:美貌を活かしてコンテストで優勝し、MGMと契約。当初は「お隣のきれいなお姉さん」的な役柄で人気を博した。
- 功績:アカデミー助演女優賞受賞(1954年)。テレビ界でもゴールデングローブ賞を受賞するなど、映画・TVの両輪で頂点を極めた。
🏆 主な功績・活動
| 公開年 | 出来事 | 備考 |
| 1941 | 『The Get-Away』で映画デビュー | 本名のマレンジャー名義で出演後、ドナ・リードに改名 |
| 1945 | 『コレヒドール戦記』出演 | ジョン・フォード監督作。従軍看護師役で戦時中のアイドルに |
| 1946 | 『素晴らしき哉、人生!』 | ジェームズ・ステュアートの妻メアリー役。永遠の理想の女性像に |
| 1953 | 『地上より永遠に』 | 従来のイメージを覆す娼婦ロリーン役。演技派としての地位を確立 |
| 1958 | 『ドナ・リード・ショー』放送開始 | 8年にわたる大ヒットTVシリーズ。理想の母親像を確立 |
| 1984 | ドラマ『ダラス』出演 | バーバラ・ベル・ゲデスの代役として出演。これが遺作となる |
🏅 受賞・ノミネート歴(主要4賞)
| 年度 | 対象作品 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1954 | 地上より永遠に | アカデミー賞 | 助演女優賞 | 受賞 |
| 1959 | ドナ・リード・ショー | エミー賞 | 主演女優賞 (コメディ) | ノミネート |
| 1960 | ドナ・リード・ショー | エミー賞 | 主演女優賞 (コメディ) | ノミネート |
| 1961 | ドナ・リード・ショー | エミー賞 | 主演女優賞 (コメディ) | ノミネート |
| 1962 | ドナ・リード・ショー | エミー賞 | 主演女優賞 (コメディ) | ノミネート |
| 1963 | ドナ・リード・ショー | ゴールデングローブ賞 | 女子TVスター賞 | 受賞 |
1. クリスマス・イヴの奇跡:素晴らしき哉、人生!(1946)
フランク・キャプラ監督のこの不朽の名作で、ドナは主人公ジョージを献身的に支える妻メアリーを演じました。
夫が絶望の淵に立たされた時、町中の人々に声をかけて助けを求める彼女の姿は、アメリカ映画史に残る「愛と希望」の象徴です。公開当時は興行的には振るわなかったものの、TV放送を通じて世界で最も愛されるクリスマス映画となり、彼女の代名詞となりました。
2. イメージを破る挑戦:地上より永遠に(1953)
それまでの「清純派」というレッテルを剥がすため、彼女が自ら志願して掴み取ったのが、クラブで働く女性ロリーン役でした。
冷ややかな現実の中で夢を追う切ない表情は、それまでの彼女のイメージを180度変える迫真のものでした。この決断が見事に報われ、彼女はアカデミー助演女優賞を受賞。演技派としての真価を証明した瞬間でした。
📜 ドナ・リードを巡る知られざるエピソード集
1. 兵士たちからの「膨大な手紙」
第二次世界大戦中、ドナは多くの兵士たちからファンレターを受け取り、それらすべてを大切に保管していました。彼女の返信は戦場の兵士たちにとって大きな心の支えとなり、彼女は単なるスターではなく、国家的な「心の恋人(ピンナップ・ガール)」となったのです。
2. TV界のパイオニアとしての顔
1950年代に始まった『ドナ・リード・ショー』では、主演だけでなく制作にも深く関わりました。当時、女性が制作の主導権を握ることは極めて珍しいことでした。彼女は単に「完璧な母親」を演じるだけでなく、女性の自立や知性についても脚本に反映させるよう努めていました。
3. 政治的信念と反戦運動
1960年代後半、ベトナム戦争が激化すると、ドナはハリウッドの「完璧な母親」としてのイメージを背景に、戦争反対を訴える「Another Mother for Peace」という組織の共同設立者となりました。保守的なファンからは批判も受けましたが、「子供たちの未来を守るのが本当の母の姿」という信念を曲げることはありませんでした。
4. 『ダラス』を巡る突然の解雇劇
晩年、大人気ドラマ『ダラス』のミス・エリー役をバーバラ・ベル・ゲデスから引き継ぎましたが、翌シーズンにバーバラが復帰することになると、ドナは一方的に解雇されてしまいます。これに対し彼女は訴訟を起こし、勝利しました。彼女の「正しいことのために戦う」姿勢は、最後まで変わりませんでした。
📝 まとめ:家庭の温もりと、真実の勇気を遺した淑女
ドナ・リードは、私たちが失いかけている「古き良き誠実さ」を形にしたような女性でした。
彼女がスクリーンで見せた微笑みには、どんな困難も乗り越えられるという不思議な説得力がありました。家庭的なイメージを守りながらも、女優として、プロデューサーとして、そして一人の市民として、常に新しい道へ挑戦し続けた彼女の強さ。
クリスマスに『素晴らしき哉、人生!』を観るたび、私たちは彼女の大きな瞳の中に、人間が本来持っているはずの「善意」を見出すことができるのです。
[出演作品]
1941 年 20 歳
The Get-Away
1942 年 21 歳
アパッチ街道 Apache Trail
1943 年 22 歳
万雷の歓呼 Thousands Cheer
1945 年 24 歳
1946 年 25 歳
素晴らしき哉、人生! It’s a Wonderful Life
1947 年 26 歳
1948 年 27 歳
栄光は消えず Beyond Glory
1949 年 28 歳
恐喝の街 Chicago Deadline
1952 年 31 歳
1953 年 32 歳
七つの海の狼 Raiders of the Seven Seas
地上より永遠に From Here to Eternity
アカデミー賞 助演女優賞
底抜けやぶれかぶれ The Caddy
1954 年 33 歳
西部は俺に任せろ Three Hours to Kill
雨の朝パリに死す The Last Time I Saw Paris
Ford Television Theatre (TV)
1955 年 34 歳
Tales of Hans Anderson (TV)
ベニイ・グッドマン物語 The Benny Goodman Story
1956 年 35 歳
誘拐 Ransom!
1957 年 36 歳
豹の爪 Beyond Mombasa
General Electric Theater (TV)
Suspicion (TV)
1958 年 37 歳
ドナ・リード・ショー The Donna Reed Show (TV) ~1966年
プライムタイム・エミー賞
ゴールデングローブ賞
1960 年 39 歳
ペペ Pepe
1979 年 58 歳
The Best Place to Be (TV)
1983 年 62 歳
Deadly Lessons (TV)
1984 年 63 歳
The Love Boat (TV)
ダラス Dallas (TV)

















