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[女優] ロザリンド・ラッセル Rosalind Russell 出演作品一覧|プロフィール|エピソード

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ロザリンド・ラッセル
Rosalind Russell

1907年6月4日、アメリカ・コネチカット・ウォーターバリー生まれ。
1976年11月28日、アメリカ・カリフォルニア・ロサンゼルス・ビヴァリーヒルズで死去(乳がん)。享年69歳。
身長173cm。
舞台女優を経て、27歳の時「悪夢」で映画デビュー。
「メイム叔母さん」などコメディ女優として人気を得る。

今回は、マシンガントークと抜群のコメディセンスを武器に、自立した働く女性像を確立し、ハリウッドの「スクリューボール・コメディ」を象徴する存在となったロザリンド・ラッセルを紹介します。

洗練された知性と、弾けるようなユーモア。コメディの女王、ロザリンド・ラッセル

端正な容姿に、誰もが聞き惚れる明晰な口調。彼女は単なる美しいヒロインの枠を飛び出し、男性と対等に渡り合い、時には圧倒するほどのエネルギッシュな女性像を銀幕に刻みました。徹底した役作りと、観客を惹きつける絶妙な間(ま)を持つ彼女は、コメディのみならず重厚な人間ドラマでもその真価を発揮。プロ意識の塊でありながら、周囲を常に明るく照らす太陽のようなスターでした。

✦ PROFILE & BACKGROUND

  • 本名:キャサリン・ロザリンド・ラッセル
  • 生涯:1907年6月4日 ~ 1976年11月28日(享年69歳)
  • 死因:乳がん(カリフォルニア州ビバリーヒルズにて逝去)
  • 出身:アメリカ / コネチカット州ウォーターベリー
  • ルーツ・家庭環境:
    • アイルランド系の裕福なカトリック家庭に、7人兄弟の4番目として生まれました。
    • 父ジェームズ:成功した弁護士でした。
    • 母クララ:ファッション誌の編集者として活躍する、進歩的な女性でした。
    • 教育・背景:名門校を卒業後、アメリカ演劇アカデミーで学びました。当初は教師を目指していましたが、演劇への情熱を断ちがたく、舞台を経て映画界へ進出しました。
    • 家族:映画プロデューサーのフレデリック・ブリッソンと結婚。ハリウッドでは珍しく、彼女が亡くなるまで35年間連れ添った理想の夫婦でした。
  • 背景:当時の女優としては珍しく、自立したキャリアウーマンや知的で口の達者な女性役を得意とし、女性観客からも絶大な支持を得ました。
  • 功績:アカデミー主演女優賞に4度ノミネートされ、5度のゴールデングローブ賞に輝きました。また、長年の慈善活動が評価され、ジーン・ハーショルト博愛賞も受賞しています。

🏆 主な功績・活動

公開年出来事備考
1939「ザ・ウィメン」男性の出ない異色作でコメディの才能を開花させる
1940「ヒズ・ガール・フライデー」映画史に残るマシンガントークで代表作に
1953舞台「ワンダフル・タウン」ブロードウェイでトニー賞主演女優賞を受賞
1956舞台「メイム叔母さん」彼女の当たり役となり、後に映画化でも主演
1972長年の功績と慈善活動に対し特別賞を授与される

🎖️ 受賞・ノミネート歴(主要部門)

年度対象作品部門結果
1943マイ・シスター・アイリーンアカデミー賞主演女優賞ノミネート
1947世界の母ゴールデングローブ賞主演女優賞受賞
1947世界の母アカデミー賞主演女優賞ノミネート
1948Mourning Becomes Electraゴールデングローブ賞主演女優賞受賞
1948Mourning Becomes Electraアカデミー賞主演女優賞ノミネート
1953ワンダフル・タウントニー賞演劇主演女優賞受賞
1959メイム叔母さんゴールデングローブ賞主演女優賞(コメディ・ミュージカル部門)受賞
1959メイム叔母さんアカデミー賞主演女優賞ノミネート
1962Majority of Oneゴールデングローブ賞主演女優賞(コメディ・ミュージカル部門)受賞
1963ジプシーゴールデングローブ賞主演女優賞(コメディ・ミュージカル部門)受賞
1972アカデミー賞ジーン・ハーショルト博愛賞特別賞

🎥 珠玉の代表作・深掘り解説

1. スクリューボール・コメディの極致:ヒズ・ガール・フライデー (1940)

ハワード・ホークス監督による、敏腕記者と元夫の編集長が繰り広げる爆速コメディです。

  • 深掘りポイント: 主人公の記者ヒルディを演じました。男性顔負けのバイタリティと、ケーリー・グラントと競い合うような超高速の台詞の応酬は圧巻。当時の「添え物」としてのヒロイン像を打ち破り、仕事に生きるプロフェッショナルな女性を軽妙に、かつ力強く演じきりました。

2. 彼女の代名詞:メイム叔母さん (1959)

自由奔放で魅力的なメイム叔母さんが、孤児となった甥を育てるヒューマン・コメディです。

  • 深掘りポイント: 舞台での大成功を受けて映画化でも主演。派手なファッションと「人生は宴会よ。食べないなんて損だわ!」という名台詞と共に、人生を謳歌する女性をエネルギッシュに体現しました。彼女の圧倒的なカリスマ性が爆発した、キャリアの集大成とも言える作品です。

3. 演技の幅を見せた一作:世界の母 (1947)

ポリオ治療に生涯を捧げた実在の看護師エリザベス・ケニーの半生を描いたドラマです。

  • 深掘りポイント: コメディのイメージを封印し、医学界の古い慣習と戦う強い信念の女性をシリアスに熱演。彼女はこの役のためにケニー本人と会い、徹底したリサーチを行いました。自身のパブリックイメージを広げ、演技派としての地位を不動のものにした重要な一作です。

📜 ロザリンド・ラッセルを巡る知られざるエピソード集

1. ケーリー・グラントが繋いだ「世紀の良縁」

夫フレデリックとの出会いは、共演者であり大親友のケーリー・グラントの紹介でした。ケーリーは「君にぴったりの男がいる」とフレデリックを現場に連れてきたのです。二人は意気投合し、1941年に結婚。ケーリーは二人の結婚式の付添人も務め、生涯家族ぐるみの深い付き合いが続きました。

2. 「早口」の裏に隠された計算

彼女の代名詞である超高速の台詞回しは、単に口が回るだけではありませんでした。ハワード・ホークス監督の「台詞を重ねろ」という要求に応えるため、相手が言い終わる直前に食い気味に話し始める技術を完璧にマスター。このリズムが作品に類稀なスピード感をもたらしました。

3. ファッション・アイコンとしてのこだわり

ファッション雑誌編集者だった母の影響もあり、衣装に対する感覚は非常に鋭いものでした。映画や舞台の衣装選びには積極的に参加し、自分を最も魅力的に見せるスタイルを熟知していました。『メイム叔母さん』で見せた豪華絢爛なドレスの数々は、彼女の洗練された美学の象徴と言えます。

4. 女優同士の激しい火花?『ザ・ウィメン』

主要キャストが全員女性という映画『ザ・ウィメン』の撮影現場では、スター同士のプライドがぶつかり合うことが懸念されました。しかし彼女は持ち前のユーモアで現場を和ませつつ、ノーマ・シアラーらと見事な掛け合いを披露。コメディエンヌとしての実力を証明しました。

5. 惜しみない慈善活動と博愛の精神

キャリアの後半、彼女は乳がんと関節炎を患いましたが、それを公表せず、むしろ同じ病に苦しむ人々のための募金活動や慈善活動に心血を注ぎました。その献身的な姿勢は「ハリウッドの良心」と称えられ、アカデミー賞の博愛賞授与へと繋がりました。

6. 最後まで失わなかった「宴」の精神

晩年、病魔に冒されながらも、彼女は決して悲観的な姿を人に見せませんでした。「人生は宴会」という劇中の言葉通り、友人たちを招いては楽しい時間を共有し、ユーモアを忘れずに日々を過ごしました。彼女が遺した笑顔とエネルギーは、今も多くの映画ファンの心に刻まれています。


📝 まとめ:誇り高き表現者の歩み

スクリーンで見せるエネルギッシュな姿の裏側で、彼女は自宅で夫フレデリックと共に過ごす時間を何より大切にしていました。静かに家族を支え、自らの信念に基づいた生活を慈しんでいたようです。

撮影現場に入れば、徹底したプロ意識と冷静さで役を深く分析し、共演者やスタッフからもその誠実な仕事ぶりが深く信頼されていました。どんな役柄であっても一人の自立した人間としての真実を追求し、知性と情熱をありのままに表現することに努めました。自らの価値観を重んじ、病に屈することなく周囲へ愛を注ぎ続けた、真にプロフェッショナルな映画人生でした。


[出演作品]

1934 年    27 歳

悪夢  Evelyn Prentice


The President Vanishes

1935 年    28 歳

春の宵  The Night Is Young
空の軍隊  West Point of the Air
無軌道行進曲  Reckless
支那海  China Seas

1936 年    29 歳

何が彼をそうさせたか  It Had to Happen
二国旗の下に  Under Two Flags
姫君御満足  Trouble for Two
クレイグの妻  Craig’s Wife

1937 年    30 歳

夜は必ず来る  Night Must Fall

Live, Love and Learn

1938 年    31 歳

結婚スクラム  Four’s a Crowd



Man-Proof

1939 年    32 歳

ザ・ウィメン  The Women

Fast and Loose

1940 年    33 歳

This Thing Called Love

Hired Wife

No Time for Comedy

1941 年    34 歳

Design for Scandal

The Feminine Touch

They Met in Bombay

1942 年    35 歳

Take a Letter, Darling

1943 年    36 歳

風を起す女  What a Woman!

Flight for Freedom

マイ・シスター・アイリーン  My Sister Eileen

  アカデミー賞 主演女優賞ノミネート

1945 年    38 歳

She Wouldn’t Say Yes

Roughly Speaking

1946 年    39 歳

1947 年    40 歳

世界の母  Sister Kenny

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞
  アカデミー賞 主演女優賞ノミネート

The Guilt of Janet Ames

1948 年    41 歳

Mourning Becomes Electra

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞
  アカデミー賞 主演女優賞ノミネート

ビロードの手袋  The Velvet Touch

1949 年    42 歳

Tell It to the Judge

1950 年    43 歳

特ダネ女史  A Woman of Distinction

1953 年    46 歳

Never Wave at a WAC

1955 年    48 歳

ピクニック  Picnic

The Girl Rush

1959 年    52 歳

メイム叔母さん  Auntie Mame

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞
  アカデミー賞 主演女優賞ノミネート

1962 年    53 歳

Wonderful Town (TV)

A Majority of One

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞

Five Finger Exercise

1963 年    54 歳

ジプシー Gypsy

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞

1966 年    59 歳

青春がいっぱい  The Trouble with Angels

1967 年    60 歳

Rosie!
Oh Dad, Poor Dad, Mamma’s Hung You in the Closet and I’m Feelin’ So Sad

1968 年    61 歳

青春ダイナマイト  Where Angels Go Trouble Follows!

1971 年    64 歳

危険な国から愛をこめて  Mrs. Pollifax-Spy (脚・出)

1972 年    65 歳

The Crooked Hearts (TV)

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