D・W・グリフィス
D. W. Griffith

1875年1月22日、アメリカ・ケンタッキー・ラグランジ生まれ。
1948年7月21日、アメリカ・カリフォルニア・ハリウッドで死去(脳内出血)。享年73歳。
本名デヴィッド・ルウェリン・ウォーク・グリフィス。
若い頃は劇作家として活動していたが、33歳の時デビューした。
映画創世期の大監督で、“映画の父”と呼ばれる。
550本以上の作品を残した。
今回は「映画の父」と呼ばれ、現代に続く映画の文法をたった一人で確立したと言っても過言ではない巨匠、D・W・グリフィスをご紹介します。
彼は、ただカメラを回して舞台を映すだけだった「見世物」としての動画を、クローズアップやカット割りという魔法を駆使して、人々の感情を揺さぶる「芸術」へと進化させた革命児です。
映画の文法を創り出した孤独な巨人。D・W・グリフィスが灯した「映像の光」
グリフィスの功績は、現代の私たちが当たり前のように観ている映画の基礎をすべて作り上げたことにあります。
クローズアップで俳優の細かな表情を捉え、カットバックで緊張感を高め、壮大なセットで観客を圧倒する。彼の発明がなければ、現代の映画はもっと退屈なものだったかもしれません。情熱的で、時に独善的、そして波乱に満ちたその生涯は、まさに映画そのものでした。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:デヴィッド・ルウェリン・ウォーク・グリフィス
- 生涯:1875年1月22日 ~ 1948年7月23日(享年73歳)
- 出身:アメリカ・ケンタッキー州
- 背景:没落した南軍の大佐の息子として生まれ、貧しい青年時代を過ごしました。俳優や劇作家を目指して挫折した後、当時はまだ格の低い仕事とされていた映画界へ足を踏み入れます。1908年からバイオグラフ社で短編映画を量産し、その中で数々の革新的な撮影技法を生み出しました。
- 功績:ユナイテッド・アーティスツの創設メンバー。第8回アカデミー賞で名誉賞を受賞。
1. 映画史を変えた問題作:国民の創生
映画史上初の本格的な長編映画。それまで数十分が限界だった映画を3時間に引き延ばし、並行モンタージュなどの技法を駆使して世界的大ヒットを記録しました。内容については人種差別的であると激しい批判を浴びましたが、映画が社会に与える影響力の強さを世界に見せつけた作品です。
2. 壮大な贖罪の叙事詩:イントレランス
「国民の創生」への批判に対する答えとして制作された超大作。4つの異なる時代の物語を交互に描き、「不寛容」というテーマを追求しました。バビロン篇の巨大なセットは伝説となっており、映画史上最大の野心作の一つに数えられます。
3. 詩的リアリズムの極致:散り行く花
それまでの巨大なスケールとは打って変わり、ロンドンの片隅で起きる悲劇を繊細に描き出しました。ソフトフォーカスや色彩を使い、登場人物の心の痛みを映像化したこの作品は、彼が単なる技術屋ではなく、深い表現力を持った芸術家であることを証明しました。
🎭 D・W・グリフィスを巡る珠玉のエピソード集
クローズアップの発明と「顔の魔法」
初期の映画界では、俳優の顔をアップで映すと「足が映っていない、幽霊のようだ」と観客が混乱すると言われていました。しかしグリフィスは、「観客は俳優の心を見たいはずだ」と信じてクローズアップを多用。これが、映画が演劇から独立した瞬間でした。
全財産を投じた「イントレランス」の悲劇
「イントレランス」のために、彼は当時の金額で200万ドルという天文学的な巨費を投じ、その多くを自腹でまかないました。結果として、映画は高評価を得たものの興行的には大失敗。彼はこの負債を返すために、その後の人生の多くを費やすことになります。
役者の才能を見抜く「神の目」
彼はまだ無名だったリリアン・ギッシュやメアリー・ピックフォードといったスターたちの才能をいち早く見抜き、育て上げました。彼のもとからは、後に映画界を背負って立つ監督や俳優たちが数多く輩出され、「グリフィス学校」とも称されるほどでした。
台本を持たなかった現場
彼は撮影中、ほとんど台本を使いませんでした。すべては彼の頭の中にあり、俳優たちに直接指示を出してその場でシーンを作り上げていきました。その即興性と直感的な演出が、映像に独特の生命力を与えていたのです。
「映画の父」の寂しい晩年
1930年代に入ると、映画がトーキー(発声映画)に移行し、スタジオ・システムが確立される中で、個性の強すぎたグリフィスは映画界から疎外されていきました。晩年はハリウッドのホテルで孤独に過ごすことが多かったのですが、彼の葬儀には、彼が育てたかつての大スターたちが総出で参列し、その偉業を称えました。
カメラマン、ビリー・ビッツァーとの黄金コンビ
グリフィスの革新的な映像を支えたのは、名カメラマンのビリー・ビッツァーでした。二人は二人三脚で、アイリス(画面の一部を円形に絞る)やフェードアウトといった現在では標準的な技法を、実験を繰り返しながら一つ一つ作り上げていきました。
📝 まとめ:すべての映画の「源流」となった男
D・W・グリフィスは、映画という表現に「魂」と「形式」を与えた、不滅の創始者です。
彼は、カメラをただの記録機から、人間の内面を描き出す「ペン」へと変えました。光と影を操り、時間を操り、人々の感情を銀幕に刻みつける。私たちが今、映画を観て笑い、涙し、興奮できるのは、彼が100年以上前にその道を切り拓いてくれたからに他なりません。
[監督作品]
1908 33歳
ドリーの冒険 The Adventures of Dollie
じゃじゃ馬馴らし The Taming of the Shrew
質屋の娘の恋 Romance of Jewess
1909 34歳
迷惑帽子 Those Awful Hats
カーテン・ポール The Curtain Pole
黄金のルイ The Golden Louis
淋しい別荘 The Lonely Villa
毒蛇の飼育 Nursing a Viper
封印された部屋 The Sarled Room
インディアンの考え The Red Man’s View
小麦の買い占め A Corner in Wheat
罠にかかったサンタクロース A Trap for Santa Claus
1910 35歳
不変の海 The Unchanging Sea
境界州にて In the Border States
高利貸し The Usurer
鎧戸の締まった家 The House with Closed Shutters
1911 36歳
老人たちをどうすべきか What Shall We Do with Our Old?
女の叫び The Lonedale Operator
1912 37歳
老男優 The Old Actor
見えざる敵 An Unseen Enemy
大虐殺 The Massacre
ピッグ横丁のならず者 The Musketeers of Pig Alley
ニューヨークの帽子 The New York Hat
強盗のジレンマ The Burglar’s Dilemma
1913 38歳
ベッスリアの女王 Judith of Bethulia
1915 40歳
國民の創生 The Birth of a Nation (監・脚)
1916 41歳
イントレランス Intolerance (監・脚)
1918 43歳
世界の心 Hearts of the World
1919 44歳
散り行く花 Broken Blossoms (監・脚)
スージーの真心 True Heart Susie
悪魔絶滅の日 Scarlet Days
人類の春 The Greatest Thing in Life
1920 45歳
渇仰の舞姫 The Idol Dancer
愛の花 The Love Flower
東への道 Way Down East
1921年 46歳
嵐の孤児 Orphans Of The Storm (製・脚)
夢の街 Dream Street
1922年 47歳
恐怖の一夜 One Exciting Night (製・脚)
1923年 48歳
ホワイト・ローズ The White Rose
1924年 49歳
アメリカ America
素晴らしい哉人生 Isn’t Life Wonderful (監・脚)
1925年 50歳
曲馬団のサリー Sally of the Sawdust
竜巻 That Royle Girl
1927年 52歳
サタンの嘆き The Sorrows of Satan
1928年 53歳
愛の太鼓 Drums of Love
男女の戦 The Battle of the Sexes
1929年 54歳
心の歌 Lady of the Pavements
1930年 55歳
世界の英雄 Abraham Lincoln
1931年 56歳
The Struggle
1947年 72歳
Flicker Flasbacks No.1, Series 5



