傾いたカメラが捉える、瓦礫の街の光と影。アントン・カラスのチターが奏でる、戦後サスペンスの最高峰。

第二次大戦直後、四カ国管理下のウィーン。親友の死の真相を追う作家が迷い込んだ、光と影が交錯する地下水道の迷宮。オーソン・ウェルズ演じる『死んだはずの男』の不敵な微笑と、哀愁のチターが奏でる裏切りの旋律。斜めに傾いた構図が戦後の不穏な空気を炙り出す、フィルム・ノワールの最高峰。
第三の男
The Third Man
(イギリス 1949)
[製作] キャロル・リード/アレクサンダー・コルダ/デヴィッド・O・セルズニック/ヒュー・パースヴァル
[監督] キャロル・リード
[原作] グレアム・グリーン/アレクサンダー・コルダ
[脚本] グレアム・グリーン/キャロル・リード/オーソン・ウェルズ
[撮影] ロバート・クラスカー
[音楽] アントン・カラス/ヘンリー・ラヴ
[ジャンル] クライム/ミステリー/スリラー
[受賞]
アカデミー賞 撮影賞
英国アカデミー賞 作品賞
カンヌ映画祭 グランプリ
キャスト

ジョセフ・コットン
(ホリー・マーティンズ )

アリダ・ヴァリ
(アンナ・シュミット)

オーソン・ウェルズ
(ハリー・ライム)

トレヴァー・ハワード
(キャロウェイ少佐)
ポール・ヘービガー (ポーター)
エルンスト・ドイッチ (‘男爵’・クルツ)
エリック・ポント (Dr.ウィンケル)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1949 | カンヌ国際映画祭 | グランプリ(最高賞) | 受賞 |
| 1950 | 第23回アカデミー賞 | 撮影賞(白黒部門) | 受賞 |
| 1950 | 英国アカデミー賞 | 作品賞(最優秀英国映画) | 受賞 |
評価
戦後の混乱期が生んだ、映画史上最も完璧なフィルム・ノワールの一つです。ロバート・クラスカーによる、極端に傾いた構図とコントラストの強い照明は、正義と悪の境界が歪んだウィーンの不穏な空気を完璧に表現しました。
グレアム・グリーンによる脚本は、友情、裏切り、そして大国の思惑が交錯する冷徹な世界を描き出し、単なる娯楽作を超えた文明批評としての風格を湛えています。映画公開と同時に世界中で大流行したチターの旋律は、この悲劇的な物語に忘れがたい抒情性を与えました。
あらすじ:死んだ親友と、消えた「三人目の男」
売れない西部劇作家ホリー(ジョゼフ・コットン)は、親友ハリー・ライムから仕事を依頼され、ウィーンを訪れる。しかし、到着した彼を待っていたのは、ハリーが交通事故で死んだという知らせだった。
葬儀に参列したホリーは、イギリス軍のキャロウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)から、ハリーが悪名高い闇物資の売人だったと聞かされる。親友の名誉を信じるホリーは独自に調査を始めるが、事故の目撃者の証言は食い違い、現場には「公式記録にはない三人目の男」がいたことが浮かび上がる。
ハリーの恋人アンナ(アリダ・ヴァリ)と共に真相を追うホリー。ある夜、暗い街角で猫が誰かの靴にじゃれつく。そこに街灯の光が差し込んだ時、暗闇から微笑みを浮かべたハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が現れる。
ハリーは死を偽装し、粗悪なペニシリンを売り捌いて子供たちの命を奪う非道な犯罪に手を染めていた。大観覧車の上で再会したハリーは、「ボルジア家が支配したイタリアの30年間は流血と虐殺の連続だったが、ルネサンスを生んだ。スイスの500年の友愛と平和は何を生んだ? 鳩時計さ」という冷酷な言葉を放つ。
親友の変わり果てた姿に絶望したホリーは、警察に協力してハリーを追い詰めることを決意する。ウィーンの地下水道での激しい追走劇の末、ホリーの手でハリーは射殺される。再び行われたハリーの葬儀の帰り道。並木道を歩いてくるアンナに、ホリーは声をかけようと待つが、彼女は一度も視線を向けることなく、彼の前を通り過ぎて去っていく。裏切りと忠誠、そして届かぬ愛が一本の道に収束する、映画史上最も名高いラストシーンで物語は幕を閉じる。
エピソード・背景
- アントン・カラスとチターの奇跡
監督のキャロル・リードは、ウィーンの酒場で偶然カラスの弾くチターを聴き、その素朴で物悲しい響きに惚れ込みました。カラスをロンドンに呼び寄せて録音された音楽は、オーケストラを使わない低予算ながら、映画の成功を決定づける要素となりました。 - オーソン・ウェルズの「鳩時計」
ハリー・ライムが語る有名な「鳩時計」のセリフは、ウェルズ自身がアドリブで加えたものだと言われています。彼の圧倒的なカリスマ性が、悪役でありながらハリーを映画史上最も魅力的なキャラクターの一人に押し上げました。 - ダッチ・アングルの多用
全編を通してカメラを斜めに傾けて撮影する手法について、制作のデヴィッド・O・セルズニックは「これじゃあ観客が首を痛める」と不満を漏らしました。しかしリードは、ウィーンの歪んだ秩序を表現するためにこのスタイルを貫き通しました。 - 過酷な地下水道ロケ
ラストの追跡シーンは本物のウィーンの地下水道で撮影されました。悪臭と湿気の中での撮影に、スター俳優たちは卑屈したと言われていますが、その生々しい質感が映画に本物の緊迫感を与えています。 - アリダ・ヴァリの「動かない」表情
キャロル・リードは、愛する男が悪人だと知ってもなお思い続けるアンナに対し、一切の過剰な演技を禁じました。彼女の無表情に近い硬質な美しさが、ラストシーンの絶望的な拒絶をより一層際立たせています。 - 光と影の演出
闇の中に浮かび上がるハリーの顔や、石畳に伸びる巨大な人影。ドイツ表現主義の影響を強く受けた照明演出は、白黒映画が到達した一つの極致と評価されています。 - ラストシーンの変更
原作ではホリーとアンナが共に歩き出すハッピーエンドに近い形でしたが、リード監督は「アンナはハリーを裏切ったホリーを絶対に許さないはずだ」と主張し、あの伝説の別れのシーンに変更しました。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、戦争がもたらした精神的な空白地帯を、一人の作家の視点を通して描き出しています。ハリー・ライムという男は、戦後のカオスが生んだ怪物であり、同時にその時代の「自由」を極限まで歪めて享受した存在でした。
ホリーが最後に選んだ正義は、友情という個人的な情熱を犠牲にすることでしか成立しませんでした。瓦礫の街ウィーンに鳴り響くチターの音色は、もはや戻ることのない古き良き理想への弔いであり、並木道を去っていくアンナの背中は、戦後を生きる人間が背負わなければならない孤独の重さを象徴しています。
〔シネマ・エッセイ〕
石畳の道を転がる影、夜の静寂を切り裂く靴音。そして、どこからともなく聞こえてくるあのチターの調べ。映画を観終わった後も、私たちはウィーンの冷たい夜風に吹かれているような、奇妙な喪失感に包われます。オーソン・ウェルズが見せた、あの子供のような、けれど残酷な微笑み。彼が悪人だと分かっていても、その魅力に抗えないホリーの戸惑いは、そのまま私たちの戸惑いでもあります。
地下水道の深い闇から地上へと伸びるハリーの指先。光を求めてもがくその指が動かなくなったとき、一つの時代が、そして一つの友情が、決定的に死を迎えたのだと感じます。
並木道をまっすぐに歩いてくるアンナ。彼女の視線がホリーの横を通り過ぎ、画面から消えていくあの長い、あまりにも長い数分間。そこには言葉など必要ありませんでした。裏切りの代償として手に入れた「正義」が、これほどまでに冷たく、虚しいものであることを、私たちは彼女の背中から教わります。チターの音が止んだ後、私たちの心に残るのは、誰にも寄り添うことのない、一本のまっすぐな道だけなのです。

