闇夜の裏通りに潜む、理由なき憎悪。戦後アメリカの良心を揺さぶった、衝撃の社会派ノワール。

復員兵たちの行き場のない苛立ちが、一つの殺人事件を引き起こす。当初はありふれた事件と思われたが、その背後には根深い『反ユダヤ主義』という偏見が隠されていた――。ハリウッドで初めて人種差別問題を正面から扱い、サスペンスの枠を超えて社会に衝撃を与えた野心作。
十字砲火
Crossfire
(アメリカ 1947)
[製作総指揮] ドリー・シャリー
[製作] エイドリアン・スコット
[監督] エドワード・ドミトリク
[原作] リチャード・ブルックス
[脚本] ジョン・パクストン
[撮影] ロイ・ハント
[音楽] J・ロイ・ウェッブ
[ジャンル] クライム/ドラマ
[受賞] カンヌ映画祭 社会映画賞
キャスト
ロバート・ヤング (フィンリー)

ロバート・ミッチャム
(ピーター・キーリー)

ロバート・ライアン
(モンゴメリー)
グロリア・グレアム (ジニー・トリメイン)
ポール・ケリー (トリメイン)
サム・レヴィン (ジョゼフ・サミュエルズ)
ジャクリーン・ホワイト (メアリー・ミッチェル)
スティーヴ・ブロンディ (フロイド・バウワーズ)
ジョージ・クーパー (アーサー・ミッチェル)
リチャード・ベネディクト (ビル・ウィリアムズ)
トム・キーン (ディック)
ウィリアム・フィップス (リロイ)
レックス・バーカー (ハリー)
マーロ・ドワイヤー (ミス・ルイス)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1947 | 第2回カンヌ国際映画祭 | 社会的映画賞(Social Film Award) | 受賞 |
| 1948 | 第20回アカデミー賞 | 作品賞 | ノミネート |
| 1948 | 第20回アカデミー賞 | 監督賞(エドワード・ドミトリク) | ノミネート |
| 1948 | 第20回アカデミー賞 | 助演男優賞(ロバート・ライアン) | ノミネート |
| 1948 | 第20回アカデミー賞 | 助演女優賞(グロリア・グレアム) | ノミネート |
| 1948 | 第20回アカデミー賞 | 脚色賞(ジョン・パクストン) | ノミネート |
- 評価
- 従来の刑事ドラマに「人種差別」という重いテーマを組み込み、B級映画の予算規模ながらアカデミー作品賞候補にまで登り詰めた奇跡的な作品です。監督のエドワード・ドミトリクと製作のエイドリアン・スコットは、後に「ハリウッド・テン」として赤狩りの犠牲になる人物ですが、本作で見せた鋭い社会批判はカンヌ国際映画祭でも高く評価されました。フィルム・ノワール特有の陰鬱な映像美が、人間の心の闇を克明に描き出していると絶賛されています。
- 従来の刑事ドラマに「人種差別」という重いテーマを組み込み、B級映画の予算規模ながらアカデミー作品賞候補にまで登り詰めた奇跡的な作品です。監督のエドワード・ドミトリクと製作のエイドリアン・スコットは、後に「ハリウッド・テン」として赤狩りの犠牲になる人物ですが、本作で見せた鋭い社会批判はカンヌ国際映画祭でも高く評価されました。フィルム・ノワール特有の陰鬱な映像美が、人間の心の闇を克明に描き出していると絶賛されています。
あらすじ:深夜のホテルで起きた悲劇
終戦直後のワシントンD.C.。ホテルの一室で、ユダヤ人の復員兵サミュエルが撲殺される。現場にいたのは、居酒屋で彼と知り合った数名の復員兵たち。フィンレイ警部(ロバート・ヤング)は、冷静なキーリー軍曹(ロバート・ミッチャム)の協力を得て捜査を開始する。
当初、動機は酔った勢いの喧嘩かと思われたが、捜査が進むにつれ、兵士の一人モンゴメリー(ロバート・ライアン)が抱く、異質なものへの執拗な憎悪が浮き彫りになっていく。彼は戦場でのストレスを、自分とは異なる属性の人間への偏見に変えて爆発させていたのだ。警察は、モンゴメリーの凶行を暴くため、罠を仕掛ける。
モンゴメリーは自分の犯行を隠蔽するため、現場にいたもう一人の兵士フロイドを絞殺して口を封じる。しかし、フィンレイ警部は別の兵士を囮に使い、モンゴメリーがフロイドの居場所を知っているふりをして彼を誘い出す。
自らの言葉の矛盾から追い詰められたモンゴメリーは逃走を図るが、フィンレイ警部の放った銃弾に倒れる。事件は解決したが、フィンレイは「差別という病」が根絶されたわけではないことを静かに悟る。闇の中に響く銃声は、戦後社会が抱える新たな闘いの始まりを予感させていた。
エピソード・背景
- 「赤狩り」の嵐の中で
本作の監督とプロデューサーは、公開直後に非米活動調査委員会に召喚され、ハリウッドを追放されることになります。差別を糾弾する姿勢が「左翼的」とみなされた不遇の時代を象徴する作品です。 - 原作からの大きな変更
リチャード・ブルックスの原作小説『The Brick Foxhole』では、被害者はユダヤ人ではなく同性愛者でしたが、当時の映画検閲(ヘイズ・コード)では扱えなかったため、ユダヤ人差別へと設定が変更されました。 - 低予算・短期間の撮影
わずか20日間という短期間で撮影されましたが、そのタイトなスケジュールが、作品に独特の緊張感とノワールらしい荒々しさを与えています。 - 3人の「ロバート」
主要キャストのロバート・ヤング、ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアンが全員同じ名前(ロバート)であることが、当時ファンの間で話題になりました。 - ロバート・ライアンの怪演
偏見に満ちた犯人を演じたライアンは、実際にはリベラルな人格者でしたが、そのあまりにリアルな悪役の演技により、アカデミー助演男優賞にノミネートされました。 - グロリア・グレアムの転機
孤独なバーの女を演じたグロリア・グレアムも、本作で初めてオスカー候補となり、後のノワール女優としての地位を確立しました。 - 陰影を強調した照明
撮影のロイ・ハントは、極端なローキー照明(画面の大部分を暗くする手法)を駆使し、戦後アメリカの不安な精神状態を視覚化しました。
まとめ:作品が描いたもの
『十字砲火』は、犯罪捜査という形式を借りて、人間の心に巣食う「不寛容」という怪物を描いた先駆的な作品です。戦場から帰ってきた英雄たちが、平穏な社会の中でいかに簡単に加害者へと変貌しうるのか。その冷徹な視線は、公開から数十年を経た現代社会にも鋭い警鐘を鳴らし続けています。
映画としてのテクニックもさることながら、信念を持ってタブーに挑んだ制作者たちの勇気が、この作品をただの娯楽作以上の存在へと押し上げました。本人の映画人生は、こうした社会の歪みを直視し、娯楽の中に深いメッセージを込めることで、映画という表現の社会的意義を確かなものにしたと言えるでしょう。

