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[女優] リリアン・ギッシュ Lillian Gish 出演作品一覧|プロフィール|エピソード

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リリアン・ギッシュ
Lillian Gish

1893年10月14日、アメリカ・オハイオ・スプリングフィールド生まれ。
1993年2月27日、アメリカ・ニューヨークで永眠。享年99歳。
本名リリアン・ド・ギーシュ。
身長164cm。
妹は喜劇女優のドロシー・ギッシュ。
先祖は第12代大統領ザカリー・テイラー。
母も女優。
早くから子役として活躍していた。
22歳の時「國民の創生」でスターになる。
ドロシーの主演作の監督も務めた。
結婚歴なし。

今回は、「映画史の聖母」であり、サイレント映画からカラー映画の時代まで70年以上も第一線で輝き続けた伝説、リリアン・ギッシュをご紹介します。

彼女は、映画という新しい芸術が産声を上げた時代に、その演技の基礎を築いた「ファースト・レディ」です。壊れそうなほど繊細な美しさと、氷河の中を泳ぎ切るような凄まじい根性を併せ持った、まさに映画の神様に愛された女優です。


銀幕の聖母、不滅の魂。リリアン・ギッシュが刻んだ「純真の力」

リリアン・ギッシュの魅力は、その「時代を超越する透明感」と「鋼のプロ意識」にあります。

巨匠D・W・グリフィスのミューズとして、映画における「顔のクローズアップ」の重要性を世界に知らしめた彼女。ただ美しいだけでなく、役のためなら命を懸けることも厭わない彼女の姿勢は、後に続くすべての俳優たちの規範となりました。


✦ PROFILE & BACKGROUND

  • 本名: リリアン・ダイアナ・ギッシュ
  • 生涯: 1893年10月14日 ~ 1993年2月27日(享年99歳)
  • 出身: アメリカ・オハイオ州スプリングフィールド
  • 背景: 父の失踪により、幼い頃から妹ドロシーと共に家計を助けるため舞台に立ちました。親友メアリー・ピックフォードの紹介でD・W・グリフィス監督に出会い、映画界へ。1910年代から1980年代まで現役を貫き、100歳を目前に亡くなるまで映画を愛し続けました。
  • 受賞歴: アカデミー名誉賞(1971年)、AIF(アメリカ映画協会)生涯功労賞など。

1. 映画史上初のスペクタクル:『國民の創生』

映画というメディアが「芸術」として認められるきっかけとなった歴史的大作。彼女の可憐な姿は、激動の時代に翻弄される純真さの象徴となり、世界中の観客を虜にしました。

2. 魂を揺さぶる悲劇:『散り行く花』

中国人の青年と薄幸の少女の交流を描いた名作。指で口角を押し上げて無理やり作る「悲しい笑顔」の演技は、サイレント映画史上最も有名なシーンのひとつであり、彼女の卓越した表現力を証明しました。

3. 伝説の極限ロケ:『嵐の孤児』『風』

猛吹雪や砂嵐といった過酷な環境下での撮影でも、彼女は決してスタントを使いませんでした。特に『嵐の孤児』で氷河の上に取り残されるシーンのリアリティは、現代のCGでは決して到達できない執念の産物です。


🎭 リリアン・ギッシュを巡る珠玉のエピソード集

「命懸け」の氷河シーン

『嵐の孤児』の撮影中、彼女は実際に極寒の川に浮かぶ氷の上に乗りました。あまりの寒さに手が凍りつき、生涯その後遺症に悩まされるほどでしたが、彼女は「観客は本物を見たいのよ」と笑って振り返っています。

D・W・グリフィスとの深い師弟関係

監督のグリフィスは彼女の才能を完璧に信頼しており、脚本がない現場でも彼女は監督の意図を汲み取って即座に演じ分けました。彼女は生涯、彼を「ミスター・グリフィス」と呼び、映画の父として敬い続けました。

100歳間近まで続いた驚異の現役生活

彼女の遺作『八月の鯨』(1987年)は、なんと彼女が93歳の時の作品です。同じく伝説的な女優ベティ・デイヴィスと共演し、静かで気品に満ちた演技を披露。映画デビューから75年が経過してもなお、その瞳の輝きは失われていませんでした。

生涯独身を貫いた「映画との結婚」

多くの浮名を流したスターたちとは対照的に、彼女は生涯独身を通しました。「私には映画という恋人がいるから」と語り、公私ともに映画の発展のために尽力しました。

「言葉」を超えたパントマイムの美学

トーキー(発声映画)が始まった際、多くのサイレントスターが消えていきましたが、彼女は舞台で鍛えた発声で見事に適応しました。しかし、彼女自身は「言葉は想像力を制限する」と、サイレント時代の視覚表現を誰よりも愛していました。

妹ドロシーとの固い絆

同じく女優だった妹のドロシー・ギッシュとは非常に仲が良く、生涯を通じてお互いを支え合いました。性格は正反対(リリアンは静、ドロシーは動)でしたが、二人は「ギッシュ姉妹」として初期映画界の象徴的な存在でした。

監督としての才能

実は1920年に『夫を改造する妻』という作品で監督も務めています。当時は女性監督が極めて珍しい時代でしたが、彼女は現場のすべてを把握する知性派でもありました。

日本の映画人への影響

彼女の繊細な演技スタイルは、日本の初期の映画俳優や監督たちにも多大な影響を与えました。「聖母のようなリリアン」は、当時の日本の映画雑誌でも絶大な人気を誇っていました。

📝 まとめ:銀幕に刻まれた、気高き祈り

リリアン・ギッシュは、映画がまだ言葉を持たなかった時代に、ただその瞳と佇まいだけで人間の魂を表現してみせた、真のパイオニアです。

彼女は単なるスターではなく、映画という新しい表現を芸術の域まで高めた銀幕の聖母でした。過酷なロケにも屈しない鋼の精神を持ちながら、スクリーンの中ではどこまでも透明で、触れれば壊れてしまいそうな儚さを演じきる。その二面性こそが、彼女を100年経っても色あせない伝説にしました。

「映画は私の人生そのもの」と語り、100歳近くまで現役を貫いた彼女の歩みは、そのまま映画史の輝かしい軌跡であり、後に続くすべての俳優たちにとっての「永遠の北極星」であり続けています。





[出演作品]

1912   19歳

牧場の春  In the Aisles of the Wild

1913   20歳

母の心  The Mothering Heart

1914   21歳

アッシリアの遠征  Judith of Bethulia

1915   22歳

國民の創生  The Birth of a Nation


清き心  Enoch Arden

1916   23歳

ダフネと海賊  Daphne and the Pirate
暴風の後  Sold for Marriage
イントレランス     Intolerance

1918   25歳

世界の心  Hearts of the World
偉大なる愛  The Great Love
人類の春  The Greatest Thing in Life

1919   26歳

幸福の谷  A Romance of Happy Valley
散りゆく花  Broken Blossoms or The Yellow Man and the Girl
スージーの真心  True Heart Susie
大疑問  The Greatest Question

1920   27歳

亭主改造  Remodeling Her Husband(監)
東への道  Way Down East

1921   28歳

嵐の孤児  Orphans of the Storm

1923   30歳

ホワイト・シスター  The White Sister

1924   31歳

ロモラ  Romola

1925   32歳

ベン・ハー  Ben Hur

1926   33歳

ラ・ボエーム  La Bohème
真紅の文字  The Scarlet Letter

1927   34歳

アニー・ローリー  Annie Laurie
The Enemy

1928   35歳

風  The Wind

1930   37歳

白鳥  One Romantic Night

1933   40歳

彼の二重生活  His Double Life

1942   49歳

暁の勝利  Commandos Strike at Dawn

1946   53歳

初恋時代  Miss Susie Slagle’s
白昼の決闘 Duel in the Sun

1948   55歳

ジェニーの肖像  Portrait of Jennie

1955   62歳

蜘蛛の巣  The Cobweb
狩人の夜  The Night of the Hunter

1958   65歳

私に殺された男  Orders to Kill

1960   67歳

許されざる者  The Unforgiven

1966   73歳

歌声は青空高く  Follow Me, Boys!

1967   74歳

危険な旅路  The Comedians
消えた拳銃  Warning Shot

1978   85歳

ウエディング  A Wedding

1983   90歳

ハンボーン  Hambone and Hillie

1986   93歳

くたばれ! ハリウッド  Sweet Liberty

1987   94歳

八月の鯨  The Whales of August

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