堅物な学者の世界を、一人のジャズ・シンガーが情熱の渦に巻き込む。

百科事典の編纂に没頭する世間知らずな8人の教授たちのもとへ、スラング(俗語)の生きた見本として現れたのは、お尋ね者の恋人を持つ美しき歌姫だった。巨匠ハワード・ホークスが贈る、機知に富んだ会話とロマンスが弾けるスクリューボール・コメディの傑作。
教授と美女
Ball of Fire
(アメリカ 1941)
[製作] サミュエル・ゴールドウィン
[監督] ハワード・ホークス
[原作] トーマス・モンロー/ビリー・ワイルダー
[脚本] チャールズ・ブラケット/ビリー・ワイルダー
[撮影] グレッグ・トーランド
[音楽] アルフレッド・ニューマン
[ジャンル] コメディ/恋愛
キャスト

ゲイリー・クーパー
(バートラム・ポッツ教授)

バーバラ・スタンウィック
(シュガーパス・オーシェイ)
オスカー・ホモルカ (ガーカコフ教授)
ヘンリー・トレイヴァーズ (ジェローム教授)
S・Z・サケール (マゲンブラック教授)
トゥリー・マーシャル (ロビンソン教授)
レオニッド・キンスキー (クィンタナ教授)
リチャード・ヘイドン (オドリー教授)
オーブリー・メイザー (ピーグラム教授)

ダナ・アンドリュース
(ジョー・ライラック)
キャスリーン・ハワード (ミス・ブラッグ)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1942 | 第14回アカデミー賞 | 主演女優賞 | ノミネート |
| 1942 | 第14回アカデミー賞 | 原案賞 | ノミネート |
| 1942 | 第14回アカデミー賞 | 作曲賞 | ノミネート |
| 1942 | 第14回アカデミー賞 | 録音賞 | ノミネート |
- 評価
- 後に巨匠となるビリー・ワイルダーが脚本に参加しており、その後の彼の作品に通じる鋭いユーモアと洗練されたプロットが随所に光っています。堅物な教授役に二枚目の代名詞ゲイリー・クーパーを配し、奔放な美女役のバーバラ・スタンウィックと対比させるキャスティングの妙が絶賛されました。AFI(アメリカ映画協会)の「元気になる映画ベスト100」にも選出されるなど、ハリウッド黄金時代の幸福感に満ちた喜劇として今なお愛されています。
あらすじ:百科事典とジャズの女王
9年も屋敷にこもり、百科事典の編纂を続けている8人の独身教授たち。言語学者のポッツ教授(ゲイリー・クーパー)は、自分が集めている「俗語(スラング)」がすでに古くなっていることに気づき、街へ調査に出る。そこで彼は、ナイトクラブの歌手シュガーパス(バーバラ・スタンウィック)と出会い、彼女の話す生き生きとした言葉に魅了される。
実はシュガーパスは、殺人事件の容疑者であるギャングの恋人の行方を追う警察から逃れるため、隠れ家を探していた。彼女はポッツの提案に乗り、調査協力の名目で教授たちの静かな屋敷に転がり込む。世間知らずな老人教授たちは彼女の奔放さに戸惑いながらも、次第に彼女がもたらす新しい風に心を開き、ポッツもまた、生まれて初めての恋を経験することになる。
シュガーパスを連れ戻しに来たギャングの恋人ジョー(ダナ・アンドリュース)は、銃で教授たちを脅すが、ポッツたちは学んだばかりの科学的知識を駆使して反撃に出る。反射板を使って太陽光を集め、ギャングの持っていたロープを焼き切るなどの奇策で見事に撃退する。
ポッツは、シュガーパスが自分を騙していたことを知って一度は深く傷つくが、彼女が心から自分を愛していることに気づく。百科事典の編纂という「過去の記録」の世界から飛び出したポッツは、シュガーパスという「現在の情熱」を選び、二人は教授たちの祝福の中で結ばれるのだった。
エピソード・背景
- 『白雪姫』へのオマージュ
物語の構成(8人の教授と1人の美女)は、ディズニー映画『白雪姫と七人の小人』を現代風にアレンジしたパロディとしての側面を持っています。 - ジーン・クルーパの圧巻のドラム
当時絶大な人気を誇ったジャズ・ドラマー、ジーン・クルーパが本人役で出演。マッチ箱を使った即興演奏のシーンは、音楽ファンにとっても語り草の名場面です。 - ゲイリー・クーパーの「受け」の演技
常に堂々としたヒーローを演じることが多かったクーパーが、本作では美女に翻弄され、ドギマギする内気な教授をユーモラスに演じ、新境地を見せました。 - バーバラ・スタンウィックの役作り
彼女は撮影前に本物のナイトクラブ通いをして、当時の「スラング」や歌手特有の仕草を徹底的に研究したと言われています。 - ワイルダーとホークスの化学反応
緻密な脚本のワイルダーと、現場での即興性を重んじるホークス監督。一見相反する二人の才能が、完璧なテンポの会話劇を生み出しました。 - 豪華な脇役陣
7人の老教授たちを演じた俳優たちは、皆ヨーロッパから亡命してきた実力派の性格俳優たち。彼らのとぼけた演技が、作品に温かみを与えています。
まとめ:作品が描いたもの
『教授と美女』は、知識だけで頭を固めた人々が、生の感情や音楽、そして言葉の「生きている力」に触れて目覚めていく姿を鮮やかに描いています。百科事典という「死んだ言葉」を整理していた教授たちが、シュガーパスという「火の玉(Ball of Fire)」によって生命力を取り戻す過程は、観る者に理屈抜きの楽しさを与えてくれます。
ハワード・ホークス監督が得意とする「プロフェッショナリズム」への敬意も感じられ、教授たちが最後は自分たちの知恵を使って悪党を退治する展開には、学問への愛着も込められています。言葉の面白さと、恋のときめきが同居する、まさにハリウッド映画の魔法が詰まった一作です。
〔シネマ・エッセイ〕
百科事典の山に埋もれていた教授たちの屋敷に、コンガの音色が響き渡る。その瞬間、モノクロの画面が色彩を帯びたかのように輝き出すのを感じます。言葉を定義することに一生を捧げていたポッツ教授が、「恋」という定義不能な感情に戸惑う姿は、何度観ても愛おしくて仕方がありません。
バーバラ・スタンウィックがテーブルの上で歌い踊るシーンの躍動感。そして、彼女に俗語を教わりながら必死にメモを取るゲイリー・クーパーの真面目すぎる横顔。二人の間に流れる「知性と野性」の火花は、どんな百科事典にも載っていない、人生の醍醐味を教えてくれているようです。
難解な数式や古い記録も大切だけれど、目の前の誰かと笑い合い、心を通わせること以上に素晴らしい学問はない。そんな晴れやかな気持ちにさせてくれるこの映画は、私たちの心にいつまでも消えない小さな「火」を灯し続けてくれます。

