地獄の門前で振り返る、愛と浮気と後悔の人生。エルンスト・ルビッチが贈る、最高に洒落た天国へのパスポート。

放蕩三昧の人生を送り、死後、自ら地獄の門を叩いた男。厳格な閻魔大王を前に彼が語り始めたのは、一人の女性を愛し抜き、それでいて誘惑に負け続けた、あまりに人間臭い一生の物語。巨匠ルビッチが、死という重いテーマを極上のユーモアと色彩で包み込んだ、大人のためのファンタジー・コメディ。
天国は待ってくれる
Heaven Can Wait
(アメリカ 1943)
[製作] エルンスト・ルビッチ
[監督] エルンスト・ルビッチ
[原作] レスリー・ブッシュ・フェキート
[脚本] サムソン・ラファエルソン
[音楽] アルフレッド・ニューマン
[撮影] エドワード・クロンジェイガー
[ジャンル] コメディ/恋愛
キャスト

ジーン・ティアニー
(マーサ)

ドン・アメチー
(ヘンリー・ヴァン・クリーヴ)
チャールズ・コバーン (ヒューゴ・ヴァン・クリーヴ)
マージョリー・メイン (マーサの母)
レアード・クリガー (閻魔大王)
スプリング・バイントン (バーサ・ヴァン・クリーヴ)
アリン・ジョスリン (アルバート・ヴァン・クリーヴ)
ユージーン・ポーレット (E・F・ストレイブル)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1944 | 第16回アカデミー賞 | 作品賞 | ノミネート |
| 1944 | 第16回アカデミー賞 | 監督賞(エルンスト・ルビッチ) | ノミネート |
| 1944 | 第16回アカデミー賞 | 撮影賞(カラー:E・クローレンジャー) | ノミネート |
- 評価
- 「ルビッチ・タッチ」と称される、洗練された機知と優雅な演出が頂点に達した作品です。ルビッチ監督にとって初のカラー映画であり、エドワード・クローレンジャーによる色彩豊かな映像は、19世紀末から20世紀初頭のニューヨークの風俗を格調高く描き出しました。死を扱いながらも決して陰鬱にならず、人間の弱さを肯定する温かな視点は、今なお「至福の映画体験」として映画ファンに愛され続けています。
- 「ルビッチ・タッチ」と称される、洗練された機知と優雅な演出が頂点に達した作品です。ルビッチ監督にとって初のカラー映画であり、エドワード・クローレンジャーによる色彩豊かな映像は、19世紀末から20世紀初頭のニューヨークの風俗を格調高く描き出しました。死を扱いながらも決して陰鬱にならず、人間の弱さを肯定する温かな視点は、今なお「至福の映画体験」として映画ファンに愛され続けています。
あらすじ:地獄の受付で語る「私の履歴書」
70歳で大往生を遂げたヘンリー・ヴァン・クリーヴ(ドン・アメチー)は、自らの不誠実な人生を顧みて、当然のごとく地獄へと向かう。地獄の責任者「閻魔大王」(レアード・クリーガー)の前に立った彼は、自分が地獄にふさわしい人間であることを証明するため、自らの生涯を語り始める。
厳格な家風を嫌い、幼い頃から女性を追いかけていたヘンリー。やがて彼は、従兄弟の婚約者であった美しいマーサ(ジーン・ティアニー)に一目惚れし、彼女を奪うようにして駆け落ち結婚をする。結婚後も浮気心が収まらないヘンリーだったが、そのたびにマーサの深い愛と、風変わりな祖父ヒューゴ(チャールズ・コバーン)の助けによって救われていく。
ヘンリーの告白を一通り聞いた閻魔大王は、彼にある事実を告げる。ヘンリーは自分を「極悪人」だと思い込んでいたが、彼の犯した「罪」はあまりに人間的で、何より彼は妻マーサを生涯を通じて誰よりも深く愛し続けていた。
地獄の閣下は、ヘンリーの入店(!)を丁重に断り、彼を上階へと向かうエレベーターへと案内する。そこには、先に天国で待っているはずのマーサがいた。ヘンリーの魂は、地獄の業火ではなく、愛する妻が待つ永遠の光の中へと昇っていくのだった。
エピソード・背景
- ルビッチ初のカラー作品
映像の魔術師ルビッチは、カラー技術を単なる装飾ではなく、時代の移り変わりや登場人物の感情の変化を表現するための重要な要素として使いこなしました。 - ジーン・ティアニーの美貌
20世紀フォックスを代表する美女ティアニーが、20代から老境に至るまでのマーサを演じ分けました。彼女の気品あふれる姿は、物語に説得力を与えています。 - 名コンビの脚本
ルビッチの信頼が厚いサムソン・ラファエルソンが脚本を担当。皮肉と愛に満ちたセリフの応酬は、まさに「ルビッチ・タッチ」の真骨頂です。 - チャールズ・コバーンの存在感
孫のヘンリーを理解し、家名の体面よりも「人生を楽しむこと」を説く祖父役のコバーンが、作品に深みと笑いをもたらしています。 - 地獄の描き方
本作に登場する地獄は、まるでお洒落なホテルのロビーや高級クラブのような洗練された空間として描かれており、当時の観客を驚かせました。 - 戦時中の癒やし
1943年という戦争の真っ只中に公開された本作は、死という避けて通れないテーマを扱いながら、人生の美しさを肯定することで、多くの人々に心の安らぎを与えました。 - リメイクへの影響
ウォーレン・ベイティの『天国から来たチャンピオン』(1978年)の原題も同じ「Heaven Can Wait」ですが、あちらは別の舞台劇のリメイクであり、本作とは内容が異なります。
まとめ:作品が描いたもの
『天国は待ってくれる』は、不完全な人間たちへの、ルビッチ監督からの優しいラブレターです。主人公ヘンリーは決して聖人君子ではありません。浮気をし、嘘をつき、親を困らせる。しかし、そんな彼の人生の根底には常に、特定の一人に対する揺るぎない愛がありました。
地獄の門前で、自らの罪を饒舌に語るヘンリーの姿は、滑稽でありながらもどこか愛おしく映ります。善悪の二元論ではなく、矛盾に満ちた人間の生を丸ごと包み込むような寛容さ。ルビッチが最後に辿り着いた境地は、人生という旅路の終わりにあるのは罰ではなく、微笑ましい再会であるべきだという、映画的な奇跡でした。
〔シネマ・エッセイ〕
扉の向こうに何があるのか。エルンスト・ルビッチが描く死後の世界は、重苦しい審判の場ではなく、まるで行きつけのバーのカウンターのような親密さに満ちています。エドワード・クローレンジャーが映し出す、セピアから鮮やかな色彩へと移ろう時代の風景は、ヘンリーという一人の男が駆け抜けた「愛の歴史」そのものです。
ジーン・ティアニーの透き通るような瞳に見つめられれば、どんな浮気者も改心せずにはいられないでしょう。けれど、ルビッチはそこでヘンリーを「完璧な夫」にはしません。失敗し、後悔し、それでもなお妻を想う。その「割り切れなさ」こそが、人生の味わいなのだと教えてくれます。
アルフレッド・ニューマンの軽やかな音楽に乗せて、エレベーターは上へと向かいます。私たちはヘンリーと共に、自分の歩んできた道がそれほど捨てたものではなかったと気づかされるのです。天国は、必死に手を伸ばして掴む場所ではなく、誰かを心から愛した記憶があるなら、静かに「待っていてくれる」場所なのかもしれません。

