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春の調べ Extase 1932 |キャスト・あらすじ【ネタバレ】| ヘディ・ラマー

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鏡に映る孤独な花嫁が、野生の輝きとともに真実の快楽に目覚める。

春の調べ [DVD]

愛のない結婚に絶望した若き新妻エヴァが、自然の中で出会った技師のアダムと情熱を分かち合い、女としての歓びに目覚めていく姿を描いた官能ドラマ。ヘディ・ラマーの神々しいまでの美しさと、当時としては衝撃的だった全裸シーンや性的描写が世界中で物議を醸した、映画史に刻まれるスキャンダラスな一作。

春の調べ
Extase
(オーストリア・チェコ 1932)

[製作] モーリス・グランハット/フランティセック・ホーキー
[監督] グスタフ・マハティ
[脚本] フランティセック・ホーキー/ジャック・A・コーペル/グスタフ・マハティ/ヴィテツラフ・ネズヴァル
[撮影] ハンス・アンドロシン/ヤン・スタリッチ
[音楽] ジュゼッペ・ベッケ
[ジャンル] 恋愛/ドラマ

キャスト

レオパルド・クラマー (エヴァの父)

ヘディ・ラマー
(エヴァ)

アリベルト・モーグ (アダム)
ズヴォミール・ロゴス (エミール)

あらすじ:愛なき日々からの脱走

美しい娘エヴァ(ヘディ・ラマー)は、裕福だが年老いた紳士エミール(ズヴォミール・ロゴス)と結婚する。しかし、夫は新婚初夜から彼女に関心を示さず、潔癖で事務的な態度を繰り返すばかりであった。孤独と虚無感に耐えかねたエヴァは離婚を決意し、父が営む馬の放牧場へと戻る。

ある夏の日、エヴァが森の池で泳いでいると、彼女を乗せてきた馬が衣類を引っ掛けたまま走り去ってしまう。裸のまま馬を追う彼女を助けたのは、近くの建設現場で働く若き技師アダム(アリベルト・モーグ)であった。アダムの逞しさと優しさに触れたエヴァは、これまで知ることのなかった野生的な情熱を心に宿し始める。

二人は密会を重ね、エヴァはアダムとの肉体的な交わりを通じて「エクスタシー(悦楽)」の真実を知る。しかし、そんな二人の関係を察した元夫エミールが彼らの前に現れる。絶望に打ちひしがれたエミールは、自らの命を絶ってしまう。

元夫の死という悲劇に直面したエヴァは、深い罪悪感と困惑に陥る。アダムと共に新しい生活を始めるため駅へ向かうが、眠るアダムの寝顔を見つめながら、エヴァは彼との愛を過去のものとして封じ込める決断を下す。彼女はアダムを残し、一人別の列車に乗ってどこかへと去っていく。愛の絶頂と悲劇を経験したエヴァは、一人で生きていく道を選んだ。


エピソード・背景

  • 映画史初の「絶頂」描写
    性行為そのものを直接描くのではなく、快楽に震えるヘディ・ラマーの「顔」をクローズアップで捉えた演出は、一般映画で女性のオーガズムを表現した最初期の例として語り継がれています。
  • ヘディ・ラマーの「騙された」主張
    当時18歳だったヘディは、全裸シーンについて「丘の上から遠くで撮ると言われたのに、実際には望遠レンズを使われていた」と後に自伝で主張しました。監督側はこの主張を否定しており、真偽は謎に包まれています。
  • 夫によるフィルム買い占め工作
    ヘディの最初の夫で兵器商のフリードリヒ・マンドルは、妻の裸が晒されることを嫌い、多額の私財を投じて世界中の上映用フィルムを買い集め、廃棄しようと画策しました。
  • ヴェネツィアでの熱狂
    批判の一方で、ヴェネツィア国際映画祭での上映時には、観客が劇場に押し寄せ、あまりの反響に憲兵隊が出動するほどの騒ぎになったと言われています。
  • 「世界一美しい女性」の誕生
    本作での圧倒的な美貌がMGMの総帥ルイス・B・メイヤーの目に留まり、彼女は「世界一美しい女性」というキャッチフレーズとともにハリウッドへ招かれることになりました。
  • 象徴主義的な演出
    言葉を極限まで削ぎ落とし、割れたパールのネックレスや、交尾する馬の姿など、映像のメタファーによって心理描写を行う手法は、当時の映画術としては非常に前衛的でした。


まとめ:作品が描いたもの

『春の調べ』は、抑圧された女性が自らの身体と感情を取り戻していく過程を、詩的な映像美で描き出した一作です。タイトルが示す「エクスタシー」とは、単なる肉体的な快楽だけでなく、魂が解放される瞬間の輝きを指しています。

この映画が今日まで語り継がれているのは、単に全裸シーンがあったからではありません。男性の所有物として扱われる結婚生活を拒絶し、自らの意思で愛を選び、そして最後には自立して去っていくエヴァの姿が、当時の社会通念を根底から揺さぶるほどに強烈だったからです。

自然の風景と人間の情動を重ね合わせるグスタフ・マハティ監督の演出は、後の映画表現にも多大な影響を与えました。スキャンダルの影に隠れがちですが、そこには人間が本能的に求める自由と、それに伴う孤独が冷徹なまでに美しく描写されています。


〔シネマ・エッセイ〕

モノクロームの画面を彩る陽光と水の煌めき。その中で、ヘディ・ラマーの彫刻のような横顔が、快楽という名の魔法によって命を吹き込まれていく瞬間は、何度観ても息を呑むほどの迫力があります。

「春の調べ」という邦題が示す通り、この映画には冬のように凍てついた心が、野生の鼓動によって溶け出していくような、抗い難い生命力が満ちています。言葉による説明を最小限に抑えたことで、エヴァの吐息や馬の足音、そして沈黙そのものが、どんなセリフよりも雄弁に物語を語りかけてきます。

最後に彼女が一人で列車に乗る決断をしたのは、アダムを愛していなかったからではないでしょう。自分自身の足で歩き始めた女性にとって、愛さえも通過点に過ぎなかったのかもしれません。美しさとスキャンダル、そして何より気高い孤独。それらが溶け合ったこの作品は、今もなお、銀幕の中に永遠の春を閉じ込めたまま輝き続けています。

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