アナベラ
Annabella

1907年7月14日、フランス・パリ・セーヌ生まれ。
1996年9月18日、フランスで死去(心臓発作)。享年89歳。
本名シュザンヌ・ジョルジェット・シャルパンティエ(Suzanne Georgette Charpentier)。
父は旅行新聞支配人。
16歳でコンテストに入賞し、映画界へ。
フランス映画で活躍し、1938年28歳の時にハリウッドへ進出。
そこでタイロン・パワーと出会い結婚。
1947年にフランスへ帰り、直後に離婚。
1954年に引退した。
今回は、1930年代のフランス映画界で「清純な美」の象徴として輝いたトップスター、アナベラをご紹介します。
彼女はルネ・クレール監督の「巴里祭」でヒロインを演じ、その可憐な姿で世界中の映画ファンを虜にしました。フランス映画の黄金期を彩った彼女の魅力は、単なる美しさだけでなく、どこか凛とした気品と、スクリーンから溢れ出すような生命力にありました。
永遠の巴里祭の恋人。アナベラが灯した「フランスの可憐な光」
アナベラの存在は、当時のフランス映画が持っていた「エスプリ(機知)」と「ポエジー(詩情)」をそのまま形にしたようなものでした。
雨降るパリの街角で、はにかむように微笑む彼女の姿。それは、当時の人々にとって希望そのものでした。フランス国内に留まらず、イギリスやハリウッドでも活躍した彼女は、まさに国際派スターの先駆けでもありました。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:シュザンヌ・ジョルジェット・シャルパンティエ
- 生涯:1907年7月14日 ~ 1996年9月18日(享年89歳)
- 出身:フランス・パリ近郊ラ・ヴァレンヌ=サン=イレール
- 背景:雑誌の美人コンテストで優勝し、アベル・ガンス監督の「ナポレオン」で映画デビューしました。芸名の「アナベラ」はエドガー・アラン・ポーの詩から取られたものです。1930年代、フランス映画の全盛期に絶大な人気を誇りました。
- 功績:1936年、ヴェネツィア国際映画祭で女優賞を受賞。
1. 彼女を一躍スターにした傑作:巴里祭
パリの革命記念日(祭日)の前夜祭を舞台にした、淡く美しい恋物語です。ルネ・クレール監督による繊細な演出の中で、花売りの少女を演じたアナベラの可憐さは伝説となりました。彼女の笑顔は「パリの恋人」の代名詞となり、この作品は日本でも戦前の映画ファンを熱狂させました。
2. 異国情緒溢れる冒険劇:外人部隊
モロッコを舞台に、外人部隊の兵士たちが一人の女性を巡って葛藤するドラマです。過酷な砂漠を背景に、アナベラの持つ透明感のある美しさがより一層際立ちました。この作品で彼女は国際的な名声を不動のものにしました。
3. 運命の出会いとなったハリウッド作:スエズ
ハリウッドに渡って出演した、スエズ運河建設を巡る壮大な歴史スペクタクルです。この作品で共演したのが、後に私生活でも重要なパートナーとなるハリウッドのトップスター、タイロン・パワーでした。
🎭 アナベラを巡る珠玉のエピソード集
1. ハリウッドの貴公子タイロン・パワーとの「情熱的な不倫」
アナベラを語る上で欠かせないのが、タイロン・パワーとの恋です。「スエズ」での共演を機に二人は激しい恋に落ちますが、当時アナベラには夫がいました。不倫関係はハリウッドで大きなゴシップとなりましたが、彼女は離婚し、1939年にタイロンと結婚。二人は「世界で最も美しいカップル」として羨望の的となりました。
2. 結婚生活を切り裂いた「戦場」と「浮気」
幸せな結婚生活は長くは続きませんでした。第二次世界大戦が勃発し、タイロンが海兵隊として出征すると、二人の仲に亀裂が生じます。タイロンは戦地で他の女性と浮名を流し、さらにアナベラがフランス人であることからくる文化的な違いも影響したと言われています。結局、1948年に二人は離婚することになりました。
3. 幼少期の「アナ・ベル」への憧れ
彼女の芸名の由来は、エドガー・アラン・ポーの詩「アナベル・リー」からですが、これは彼女自身が幼い頃からこの詩の悲劇的で美しい世界観に強く惹かれていたためだと言われています。その名の通り、彼女のキャリアにはどこか儚げな美しさが常に付きまとっていました。
4. 元夫タイロン・パワーの早すぎる死と「永遠の絆」
タイロンと離婚した後も、アナベラは生涯彼を愛し続けていたと言われています。1958年、タイロンが撮影中に心臓麻痺で44歳の若さで急死した際、彼女は深い悲しみに暮れました。彼女はその後、大きな再婚をすることなく、彼との思い出を大切に抱えながら静かに余生を過ごしました。
5. 「巴里祭」での奇跡の雨
「巴里祭」の有名な雨のシーンは、実は撮影用の散水車によるものでしたが、アナベラはその冷たい水の中でも一切文句を言わず、完璧な笑顔を保ち続けました。そのプロ意識と、濡れた髪さえも美しく見せてしまう彼女のスター性に、ルネ・クレール監督も心から感嘆したという逸話があります。
6. 戦火の中での沈黙
ナチス・ドイツがフランスを占領していた時期、アナベラは主にアメリカに拠点を置いていました。彼女はフランスの自由を願っていましたが、政治的な活動よりも、フランス文化の美しさを映画を通じて伝え続けることを選びました。そのため、戦後フランスに戻った際も、多くの国民から変わらぬ愛を持って迎え入れられました。
📝 まとめ:時代を超えて微笑む「パリの真珠」
アナベラは、1930年代のフランス映画が到達した一つの完成された美を体現した女優です。
彼女が持つ、純粋でありながらどこか気高い雰囲気は、当時のフランス映画が目指した「詩的リアリズム」の世界観に完璧に合致していました。私生活ではハリウッドのスターとの華やかで切ない恋を経験しましたが、スクリーンの中での彼女は常に、凛として自分を失わない美しさを持っていました。ルネ・クレールやフェデーといった名匠たちのミューズとして、彼女が残した映像は、今もパリの街角に漂うエスプリのように、観る者の心に優しく、そして鮮烈に残っています。
[出演作品]
1927 17歳
ナポレオン Napoléon
1928 18歳
マルドーヌ Maldone
1929 19歳
Trois jeaunes filles nues
1930 20歳
La barcarolle d’amour
La maison de La Flèche
1931 21歳
搔払ひの一夜 Un soir de rafle
1933 23歳
春の驟雨 Marie, légende hongroise Tavaszi zápor
君と暮せば Sonnenstrahl
巴里祭 Quatorze Juillet
ラ・バターユ La bataille
1934 24歳
キャラバン Caravane
モスコーの一夜 Les nuits moscovites
1935 25歳
戦いの前夜 Veille d’armes
ヴェネツィア映画祭主演女優賞
ヴァリエテ Varieté
1936 26歳
夜の空を行く Anne-Marie
1937 27歳
暁の翼 Wings of the Morning
素晴らしき接吻 Dinner at the Ritz
1938 28歳
スエズ Suez
1947 37歳
鮮血の情報 13 Rue Madeleine
1948 38歳
永遠の争い Éternel Conflit






