アルレッティ
Arletty

1898年5月15日、フランス・オードセーヌ・クールブヴォア生まれ。
1992年7月23日、フランス・パリで死去。享年94歳。
本名レオニー・マリア・ジュリア・バシア。
16歳で軍需工場の女工になり、その後秘書、モデルを経て映画界入り。
今回は、フランス映画史上最も個性的で、パリの粋(エスプリ)をそのまま形にしたような伝説の女優、アルレッティをご紹介します。
彼女は「北ホテル」での「雰囲気!雰囲気だって?私に雰囲気が似合ってるとでも思うの!」というあまりにも有名な台詞とともに、フランス国民の心に刻まれました。場末の女から貴婦人までを演じ分ける類まれな存在感と、ハスキーな声、そして何ものにも媚びない強烈なキャラクターは、唯一無二の輝きを放っています。
自由を愛したパリの女王。アルレッティが貫いた「不敵なエスプリ」
アルレッティの魅力は、労働者階級の出身であることを隠さない堂々とした佇まいと、鋭いウィットに富んだ知性にあります。
彼女は単なる美しい女優ではありませんでした。スクリーンの中で放たれる彼女の言葉は、時にナイフのように鋭く、時にシャンパンのように弾け、観る者の魂を揺さぶりました。戦時下の波乱に満ちた私生活を含め、彼女の人生そのものが、自由を求めるフランス精神の象徴でもありました。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:レオニー・マリー・ジュリア・バティア
- 生涯:1898年5月15日 ~ 1992年7月23日(享年94歳)
- 出身:フランス・クールブヴォア
- 背景:労働者階級の家庭に生まれ、タイピストやモデルを経て舞台へ。そこで培った度胸と演技力で映画界に進出しました。マルセル・カルネ監督のミューズとして、フランス映画の黄金期を支えました。
- 功績:19世紀のパリを舞台にした不朽の名作「天井桟敷の人々」のヒロイン、ガランス役を演じたことで、世界的な名声を不動のものにしました。
1. 彼女を象徴する名台詞:北ホテル
運河沿いのホテルを舞台にした人間模様の中で、場末の女レイモンを演じました。前述の「雰囲気(アトモスフェール)!」という台詞は、フランス映画史上最も引用されるフレーズの一つとなりました。彼女の持つ反骨精神と、パリの庶民的な活力が爆発した一作です。
2. 永遠のミューズの輝き:天井桟敷の人々
カルネ監督の最高傑作において、多くの男たちを翻弄しながら、誰の手にも落ちない自由な女性ガランスを演じました。戦時下の物資不足の中で撮影されたにもかかわらず、彼女のまばゆいばかりの気品と美しさは、フランス映画の誇りを世界に見せつけました。
3. 宿命と幻想の愛:悪魔が夜来る
中世を舞台に、悪魔の使いとして人々の仲を引き裂こうとしながら、真実の愛に目覚めてしまう騎士を演じました。現実離れした幻想的な美しさと、人間の心の深淵を見事に表現し、彼女の演技の幅広さを知らしめました。
🎭 アルレッティを巡る珠玉のエピソード集
1. 占領下での禁断の恋と「歴史的名言」
第二次世界大戦中、パリを占領していたナチス・ドイツの将校ハンス・ユルゲン・ゼーリングと恋に落ちました。終戦後、対独協力者として糾弾された際、彼女は「私の心はフランス人ですが、私のお尻は国際的なのです」と言い放ち、世間を呆れさせ、同時にその潔さに驚かせました。
2. 「天井桟敷の人々」撮影後の投獄
ハンスとの恋ゆえに、解放後のパリで彼女は逮捕され、数ヶ月間投獄されました。さらに3年間の公的な場での芸能活動禁止を言い渡されます。しかし、この謹慎期間があったからこそ、彼女の復帰を望むファンの声は高まり、彼女の伝説はより強固なものとなりました。
3. 視力を失う悲劇と、それでも折れない心
晩年、彼女は視力をほぼ完全に失うという不運に見舞われました。しかし、アルレッティは決して絶望しませんでした。光を失っても、その鋭い舌鋒とウィットは健在で、録音図書を聴き、友人と語らい、最後まで「パリの女王」としての誇りを持ち続けました。
4. 出身地へのコンプレックスを逆手に
彼女は自分の庶民的な生い立ちやパリ特有のアクセントを隠そうとせず、むしろそれを自分の最大の武器に変えました。当時のフランス映画界は気取った演技が主流でしたが、彼女の「地面に足の着いた」リアリティのある存在感は、革命的な新しさを持っていました。
5. 「ガランス」そのものの人生
「天井桟敷の人々」で演じたガランスは、「私は自由が好きなの」と言って去っていきます。これはアルレッティ自身の人生観そのものでした。彼女は生涯、特定の枠にはめられることを嫌い、権力や世評に対しても、常に不敵な微笑みを浮かべて立ち向かいました。
6. ファッションアイコンとしてのアルレッティ
モデル出身ということもあり、彼女の着こなしは常にパリの女性たちの憧れの的でした。シンプルでありながら洗練されたスタイルは、ココ・シャネルの哲学にも通じるものがあり、彼女が身につけた帽子やドレスは、瞬く間に流行となりました。
📝 まとめ:誇り高きパリのエスプリそのもの
アルレッティは、激動の時代にあっても自分自身の意志を貫き通した、真に自由な女優です。
彼女が演じた女性たちは、どれも強く、賢く、そしてどこか孤独を愛していました。マルセル・カルネ監督との共同作業によって生み出された数々の名作は、フランス映画が最も輝いていた時代の記憶として、今も色あせることがありません。スキャンダルに揺れ、視力を失うといった苦難を経験しながらも、最後までユーモアと気品を失わなかった彼女の生き様は、映画という枠を超えた、一つの芸術品と言えるでしょう。
[出演作品]
1935 37歳
ミモザ館 Pension Mimosas
1938 40歳
1939 41歳
陽は昇る Le Jour se Lève
1940 42歳
あらし Tempête
1942 44歳
悪魔が夜来る Lea Visiteurs du soir
1945 47歳
天井桟敷の人々 Les Enfants du Paradis
1949 51歳
死の肖像 Portrait d’un assassin
1954 56歳
外人部隊 Le Grand jeu
われら巴里ッ子 L’air de Paris
1962 60歳
ヒッチ・ガール Les petits matins
史上最大の作戦 The Longest Day



