ジーン・アーサー
Jean Arthur

1900年10月17日、アメリカ・ニューヨーク生まれ。
1991年6月19日、アメリカ・カリフォルニア・カーメルで死去(心臓病)。享年90歳。
本名グラディス・ジョージアナ・グリーン。
身長160cm。
父が写真家だったため、写真モデルを務め、20世紀フォックスに子役として入る。
ジョン・フォード監督の「侠骨カービー」でデビューするが、出来が悪く、翌年クビになる。
その後「野球王」で主演し、認められる。
最初の結婚は1日で終わった。
今回は、ハリウッド黄金時代に「スクリューボール・コメディの女王」として君臨した女優、ジーン・アーサーをご紹介します。
彼女の最大の武器は、一度聴いたら忘れられない、霧がかかったようなハスキーで愛らしい「ささやき声」でした。正義感が強く、少し皮肉屋だけど心優しい都会の女性を演じさせたら、彼女の右に出る者はいません。フランク・キャプラ監督の理想のヒロインとして、当時のアメリカが最も必要としていた「良心とユーモア」を体現したスターです。
霧をまとうようなハスキーボイス。ジーン・アーサーが示した「知性という名の輝き」
ジーン・アーサーの魅力は、単なる美貌ではなく、その内側から滲み出る知性と飾らない素顔にあります。
彼女が演じるヒロインたちは、男たちの身勝手な振る舞いを鋭い言葉でいさめながらも、最後には誰よりも深い愛情で彼らを支えました。銀幕の中では快活で堂々とした姿を見せる彼女ですが、一歩カメラの外に出ると、極度の恥ずかしがり屋でスポットライトを嫌ったというギャップも、彼女の神秘性を高めています。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:グラディス・ジョージアナ・グリーン
- 生涯:1900年10月17日 ~ 1991年6月19日(享年90歳)
- 出身:アメリカ・ニューヨーク州プラッツバーグ
- 背景:写真モデルから映画界入りし、サイレント映画で多くの経験を積みました。当初はなかなか芽が出ませんでしたが、トーキーの到来と共にその独特の声が評価され、1930年代にコロンビア映画のトップスターとなりました。
- 功績:1943年、「陽気なルームメイト」でアカデミー主演女優賞にノミネート。
1. 善意が奇跡を起こす:オペラハット
突然巨万の富を相続した純朴な青年(ゲイリー・クーパー)を、スクープのために利用しようとする女記者を演じました。最初は冷笑的だった彼女が、彼のあまりの誠実さに触れて心を変えていく過程を、細やかな演技で表現しました。フランク・キャプラ監督との最初のタッグであり、彼女の地位を確立した一作です。
2. 民主主義の良心を支えて:スミス都へ行く
若き理想家スミス(ジェームズ・スチュアート)を支える、賢く頼もしい秘書を演じました。絶望的な状況に追い込まれたスミスに対し、彼女が「戦いなさい!」と鼓舞するシーンは、映画史に残る名場面です。自立した大人の女性としての彼女の魅力が凝縮されています。
3. 伝説の西部劇の名脇役:シェーン
流れ者のシェーンを温かく迎え入れる農家の妻、マリアンを演じました。華やかな都会派コメディのイメージが強かった彼女が、過酷な開拓地で生きる女性の強さと慈愛を演じ切り、映画に深い情緒を与えました。これが彼女の映画出演の最後を飾る傑作となりました。
🎭 ジーン・アーサーを巡る珠玉のエピソード集
1. 極度のあがり症と「舞台裏での嘔吐」
銀幕での堂々とした演技からは想像もつきませんが、彼女はハリウッド史上最も「内気な」女優の一人でした。撮影前には緊張のあまりトイレで吐いてしまうことが頻繁にあり、監督が「本番!」と声をかけるまで、震えながら隅っこに隠れていたという逸話があります。
2. インタビューを拒絶し続けた「隠遁者」
彼女は映画の宣伝のためのインタビューや、派手なパーティーに出席することを徹底して拒みました。「演技をすること自体は好きだけど、それ以外は耐えられない」と語り、私生活を完全に守り通しました。その態度は、かつてのグレタ・ガルボと比較されることもありましたが、彼女の場合は純粋な「人見知り」が原因だったようです。
3. ハリウッドを去った潔い決別
1940年代、絶頂期にありながら彼女はハリウッドのシステムに嫌気がさし、契約を解消して大学で教鞭を執ったり、演劇を学んだりする道を選びました。スターであることよりも、一人の人間として、あるいは一人の俳優として成長することを優先した彼女の潔さは、今も語り継がれています。
4. スカーレット・オハラ役への挑戦
映画「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレット役の最終候補の一人でもありました。彼女のテスト映像は非常に高く評価されていましたが、最終的にはヴィヴィアン・リーに決定しました。もし彼女が演じていたら、また違った味わいのスカーレットが誕生していたかもしれません。
5. 監督フランク・キャプラとの特別な絆
数多くの女優と仕事をしたキャプラ監督は、ジーン・アーサーを「私のお気に入りの女優」と公言していました。彼女の繊細な神経と、本番で見せる爆発的な感情表現のギャップを、監督は深く理解し、彼女の良さを最大限に引き出す魔法の演出を施しました。
6. 演劇への情熱と晩年
映画界を去った後、彼女はブロードウェイの舞台に立ち、特に「ピーターパン」での演技は絶賛されました。晩年は、ワシントン州の海岸沿いで静かに暮らし、愛する動物たちに囲まれて過ごしました。スポットライトを必要としなかった彼女は、最後まで自分らしく生きることを貫きました。
📝 まとめ:親しみやすさと気品を兼ね備えた「隣の女性」
ジーン・アーサーは、ハリウッドの黄金時代において、観客が最も自分の味方だと思えるような、等身大のヒロイン像を確立した女優です。
彼女の魅力は、その独特な声とウィットに富んだ演技だけでなく、どんなに華やかな場所にいても失わなかった「誠実さ」にありました。フランク・キャプラが描いた理想主義の世界において、彼女の存在は夢物語を現実へと繋ぎ止めるアンカー(錨)の役割を果たしていました。名声に溺れることなく、自分の価値観を大切にした彼女の生き方は、彼女が残した作品群とともに、今もなお爽やかな感動を与え続けています。
[出演作品]
1923 23歳
侠骨カービー Cameo Kirby
1925 25歳
キートンのセブン・チャンス Seven Chances
1927 27歳
幸運馬蹄騒動記 Horse Shoes
弱虫運動療法 The Poor Nut
無理矢理空の大統領 Flying Luck
1928 28歳
野球王 Warming Up
俺は名選手 Brotherly Love
父と子 Sins of the Fathers
1929 29歳
カナリヤ殺人事件 The Canary Murder Case
砂丘を越えて Stairs of Sand
グリーン家の惨劇 The Greene Murder Case
フーマンチュウ博士の秘密 The Mysterious Dr. Fu Manchu
恋のデパート The Saturday Night Kid
半分天国 Halfway to Heaven
1930 30歳
命を懸ける男 Street of Chance
若き翼 Young Eagles
パラマウント・オン・パレイド Paramount on Parade
続フーマンチュウ博士の秘密 The Return of Dr. Fu Manchu
銀鱗に躍る The Silver Horde
1931 31歳
珍暗黒街 The Gang Buster
純真花婿 The Virtuous Husband
沈黙の犯罪 The Lawyer’s Secret
町内大人気 Ex-Bad Boy
1935 35歳
男性No.1 Public Hero #1
深夜の大都会 The Public Menace
夢の並木路 If You Could Only Cook
ダイヤモンド・ジム Diamond Jim
1936 36歳
一対二 The Ex-Mrs. Bradford
マンハッタン夜話 Adventure in Manhattan
彼と女秘書 More Than a Secretary
1937 37歳
歴史は夜作られる History Is Made at Night
街は春風 Easy Living
1938 38歳
我が家の楽園 You Can’t Take It with You
1939 39歳
スミス都へ行く Mr. Smith Goes to Washington
1940 40歳
1942 42歳
1943 43歳
1944 44歳
The Impatient Years
1948 48歳
異国の出来事 A Foreign Affair
1953 53歳
1966 66歳
The Jean Arthur Show (TV)













