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[監督] ウィリアム・フリードキン William Friedkin 映画作品一覧|代表作と作風解説|フレンチ・コネクション|エクソシスト

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ウィリアム・フリードキン
William Friedkin

1939年8月29日、アメリカ・イリノイ・シカゴ生まれ。
2023年8月7日、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス・ベルエアで死去(心不全、肺炎)。享年87歳。
身長183cm。
高校時代はバスケットボールのスター・プレイヤー。
十代でTV局に勤める異例の昇進で、半年後に演出を任され、数々の番組に才能を見せた。
27歳の時映画に進出し、犯罪やオカルトを題材にしたショッキングな娯楽映画を作り続ける。
レスリー・アン・ダウンジャンヌ・モローと離婚。

今回は、観客の心拍数を操り、極限の緊張感とリアルな恐怖をスクリーンに叩きつけた「ニュー・ハリウッド」の風雲児、ウィリアム・フリードキンをご紹介します。

彼は、ドキュメンタリー出身らしい徹底したリアリズムへのこだわりと、悪魔的なまでの演出力で、1970年代の映画界を文字通り支配した監督でした。妥協を許さないその姿勢は、時に現場に狂気をもたらし、結果として映画史に残る「伝説」をいくつも生み出しました。


剥き出しの衝撃、執念のリアリズム。ウィリアム・フリードキンが刻んだ「人間の狂気」

ウィリアム・フリードキンの作品を貫いていたのは、綺麗事では済まされない「人間の生々しさ」です。

善と悪の境界線を曖昧にし、観客が目を背けたくなるような暴力や恐怖を、真正面から、かつ冷徹に描き出しました。彼が追い求めたのは、単なるエンターテインメントではなく、観客の神経を逆なでするような「真実の瞬間」でした。


✦ PROFILE & FAMILY

  • 本名: ウィリアム・フリードキン
  • 生年月日: 1935年8月29日(2023年8月7日、87歳で逝去)
  • 出身: アメリカ・イリノイ州シカゴ
  • 背景: ウクライナ系ユダヤ人移民の息子として生まれ、テレビ局の郵便係からドキュメンタリー監督へと駆け上がった苦労人です。
  • パートナー: 生涯で4度結婚。2番目の妻はフランスの名優ジャンヌ・モロー、4番目の妻は元パラマウントCEOのシャーリ・ランス・ジャッフェでした。


カーチェイスの歴史を変えた:『フレンチ・コネクション』

アカデミー賞作品賞・監督賞を受賞した刑事ドラマの傑作です。一切の装飾を排したドキュメンタリー・タッチの映像と、ニューヨークの市街地を猛スピードで疾走する伝説のカーチェイス。その荒々しいリアリティは、当時の映画界に凄まじい衝撃を与えました。

映画の枠を超えた社会現象:『エクソシスト』

ホラー映画として初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされた伝説的作品です。単なる恐怖映画ではなく、信仰と科学の葛藤を描いた重厚な人間ドラマとして構築。あまりの恐ろしさに映画館で失神者や嘔吐者が続出し、世界的な社会現象を巻き起こしました。

呪われた傑作:『恐怖の報酬』

アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの名作をリメイクした、彼の野心作です。爆薬(ニトロ)を積んだトラックでジャングルを突き進む男たちの緊張感は、観る者の胃を締め付けるほど。興行的には苦戦しましたが、現在では彼の最高傑作の一つとして再評価されています。


🎭 素顔と情熱:巨匠を巡るパーソナル・エピソード

フリードキンは、最高の「ショット」を得るためなら手段を選ばない苛烈な演出家として恐れられ、その人間関係もまた波乱に満ちたものでした。

現場での「発砲」と「ビンタ」の真相
『エクソシスト』の撮影中、俳優の「本物の恐怖」を引き出すために至近距離で銃をぶっ放したり、震える芝居をさせるために俳優の頬を突然叩いたりしたエピソードは有名です。これについて彼は後年、「彼らはプロだから、最高の結果が出るなら後で感謝してくれる」と豪語していました。実際、カラス神父役のジェイソン・ミラーとは後に激しい口論になっています。

ジャンヌ・モローとの「短すぎた結婚」
1977年、彼はフランス映画界の至宝ジャンヌ・モローと結婚しました。しかし、この二大強烈個性の結合はわずか2年で破綻。フリードキンは「彼女は素晴らしい女性だが、二人の監督が一つ屋根の下に住むのは不可能だった」と振り返っています。ちなみに、離婚後にジャンヌから「あなたの映画はちっともロマンティックじゃないわね」と切り捨てられたという皮肉な逸話もあります。

フランシス・フォード・コッポラとの「愛憎」
同じニュー・ハリウッドの旗手として、コッポラとは深い親交がありましたが、同時に強烈なライバル意識も燃やしていました。フリードキンが『エクソシスト』をヒットさせた際、コッポラは「ビル(フリードキンの愛称)は金儲けの天才だ」と評し、フリードキンはコッポラの『地獄の黙示録』の制作遅延を公然と批判するなど、互いの才能を認めつつも常に火花を散らしていました。

ウォルト・ディズニーへの「毒舌」と後悔
若き日のフリードキンは、あるパーティーで憧れのウォルト・ディズニーに会う機会を得ましたが、緊張のあまり「あなたの映画は子供騙しだ」と言い放ってしまったという失敗談があります。後年、彼はこれを「人生最大の愚行だった」と深く反省し、ディズニーの完璧なストーリーテリングを称賛するようになりました。

脚本家や俳優との「絶縁」と「再会」
『エクソシスト』の原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティとは、映画の編集方針を巡って十数年も絶交状態にありました。しかし、晩年になって和解。フリードキンは「彼がいたから僕のキャリアがある」と素直に認め、かつてのトゲが取れた円熟味を見せました。


📝 まとめ

ウィリアム・フリードキンという監督は、観客の安寧を奪い、スクリーンの向こう側にある「地獄」を覗かせるスリルに生涯を捧げた表現者でした。彼の苛烈な性格は多くの衝突を生みましたが、それはすべて「真実の1秒」をフィルムに刻むための執念ゆえでした。彼がこの世を去った今も、あの暴力的なまでのリアリズムは、私たちの神経を激しく揺さぶり続けています。


[監督作品]

1960 年    25 歳

Walk Through The Valley (TV)

1962 年    27 歳

The People vs. Paul Crump (TV)

1965 年    30 歳

The Bold Men (TV)
Pro Football: Mayhem on a Sunday Afternoon (TV)

1966 年    31 歳

The Thin Blue Line (TV)

1967 年    32 歳

ソニーとシェールのグッド・タイムス  Good Times

Pickle Brothers (TV)

1968 年    33 歳

誕生パーティー  The Birthday Party

警察がミンスキー劇場をガサ入れした夜  The Night They Raided Minsky’s

1970 年    35 歳

1971 年    36 歳

フレンチ・コネクション  The French Connection

  アカデミー賞 監督賞
  ゴールデングローブ賞 監督賞

1973 年    38 歳

エクソシスト  The Exorcist

  ゴールデングローブ賞 監督賞

1975 年    40 歳

Fritz Lang Interviewed by William Friedkin

1977 年    42 歳

1978 年    43 歳

1980 年    45 歳

1983 年    48 歳

1984 年    49 歳

Self Control (MTV/ローラ・ブラニガン)

1985 年    50 歳

To Live and Die in LA (MTV/ワン・チャン)

Somewhere (MTV/バーブラ・ストライサンド)

1986 年    51 歳

C.A.T.スクワッド/対ゲリラ特別襲撃班  C.A.T. Squad (TV)

1987 年    52 歳

ランページ/裁かれた狂気  Rampage

1988 年    53 歳

C.A.T.スクワッド2/国際テロパイソン・ウルフの挑戦状  C.A.T. Squad: Python Wolf (TV)

1990 年    55 歳

1994 年    59 歳

ゲッタウェイ!エンジェル  Rebel Highway Jailbreakers (TV)

1995 年    60 歳

ジェイド  Jade

1997 年    62 歳

2000 年    65 歳

英雄の条件  Rules of Engagement

2003 年    68 歳

2006 年    71 歳

BUG/バグ  Bug

  カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞

2007 年    72 歳

The Painter’s Voice

2011 年    76 歳

2023 年    87 歳

The Caine Mutiny Court-Martial (死後公開)

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