国境の街を揺るがす爆破事件と腐敗した権力、鬼才オーソン・ウェルズが魅せるフィルム・ノワールの最高峰!

鬼才オーソン・ウェルズが監督・脚本・出演を務めた伝説的フィルム・ノワールの傑作。
アメリカとメキシコの国境の街を舞台に、証拠捏造を重ねる巨漢の警部と、正義を貫こうとするメキシコ人捜査官との熾烈な対立を描き出す。
冒頭の伝説的な約3分半の長まわしカットをはじめ、光と影を巧みに操った革新的なカメラワークとスタイリッシュな演出が冴え渡る一作。
黒い罠
Touch of Evil
(アメリカ 1958)
[製作] アルバート・ザクスミス/リック・シュミットリン
[監督] オーソン・ウェルズ
[原作] ホィット・マスターソン
[脚本] オーソン・ウェルズ/ポール・モナシュ
[撮影] ラッセル・メティ
[音楽] ヘンリー・マンシーニ
[ジャンル] クライム/スリラー
[受賞] NY批評家協会賞 特別賞
キャスト

チャールトン・ヘストン
(ラモン・ミゲル・‘マイク’・ヴァルガス)

ジャネット・リー
(スーザン・ヴァルガス)

オーソン・ウェルズ
(ハンク・クィンラン)
ジョセフ・カレイア (ピート・メンジース)
エイキム・タミロフ (ジョー・グランディ叔父)
ジョアンナ・クック・ムーア (マルシア・リネカー)
レイ・コリンズ (地方検事)

ジョセフ・コットン
(警察医)

マレーネ・ディートリッヒ
(ターニャ)
デニス・ウィーヴァー (モーテルマネージャー)

ザ・ザ・ガボール
(ナイトクラブオーナー)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1958 | 第11回ブリュッセル万国博覧会世界映画祭 | 最優秀作品賞 | 受賞 |
評価
公開当時は商業的な理由からスタジオ側に無断で再編集され正当な評価を得られませんでしたが、後にジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーらヌーヴェルヴァーグの映画人たちから熱狂的に支持されました。
現在では「ハリウッド黄金期フィルム・ノワールの最後の傑作」として映画史にその名を刻んでいます。歪んだ広角レンズの多様や陰影の強いライティングが作品全体に底知れぬ緊迫感を与えています。
あらすじ:国境の街で起きた車爆破事件
アメリカとメキシコの国境に位置する荒んだ街ロサンゼルス・コンテスト。メキシコの麻薬捜査官ヴァルガス(チャールトン・ヘストン)は、新婚の妻スージー(ジャネット・リー)とともに新婚旅行でこの街を訪れていた。
二人が街を歩いている最中、国境を越えた直後の車が爆発し、乗っていたアメリカの大富豪が即死する事件が発生する。現場へ駆けつけたのは、地元で絶対的な権力を誇る巨漢のベテラン警察官、クインラン警部(オーソン・ウェルズ)。直感で事件の容疑者を特定したクインランは捜査を開始するが、ヴァルガスは彼が容疑者の部屋に不自然にダイナマイトを仕込み、罪を擦り付けようとする現場を目撃してしまう。
歪んだ正義感から手仕込みの捏造を繰り返すクインランと、法の正当性を主張するヴァルガス。二人の対立は次第に深まり、クインランは街を牛耳るギャング組織と手を組み、ヴァルガスとその妻スージーを陥れる冷酷な罠を仕掛け始めるのだった。
クインランはヴァルガスの妻スージーをホテルに孤立させ、麻薬を打たせて容疑者に仕立て上げる計画を実行する。さらに共謀していたギャングのボスを殺害し、その罪までヴァルガスに着せようと暗躍する。しかし、クインランの長年の相棒であるピート(ジョセフ・カレイア)は、彼の度重なる悪行と裏切りに耐えかね、ヴァルガスに協力することを決意する。
ピートは録音マイクを身につけてクインランに近づき、酒に酔った彼から過去の捏造や殺人の自白を引き出すことに成功する。異変に気づいたクインランはピートを銃撃するが、深傷を負ったピートも最期の力で引き金を弾き、クインランは汚濁した川へ転落して命を落とす。
事件後、クインランが捏造したはずの容疑者が「実は本当に爆破事件の犯人だった」という皮肉な真実が判明する。しかし、直感と歪んだ執着で自らを破滅させた老警部の遺体の傍らで、かつての愛人ターニャ(マレーネ・ディートリッヒ)は静かに立ち尽くし、冷たい夜の闇の中へ消えていくのだった。
エピソード・背景
- 映画史に燦然と輝く冒頭の3分30秒の長まわし
時計仕掛けの爆弾が車に仕掛けられてから爆破するまでの約3分半、ノーカットで捉え続けた冒頭シーン。カメラが街を立体的に動き回るこの伝説的ショットは、サスペンスと撮影技術の極致として今なお語り継がれています。 - スタジオによる無断改変と「ウェルズメモ」の存在
ユニバーサル映画は完成した試写版を気に入らず、オーソン・ウェルズに無断で追加撮影を行い、物語を大幅にカットして再編集しました。これに激怒したウェルズは58ページにも及ぶ修正要望書(ウェルズメモ)を提出。彼の死後、1998年にこのメモに基づいた「修復版(修復ディレクターズカット版)」が公開され、本来の美学が現代に蘇りました。 - マレーネ・ディートリッヒの友情出演
ウェルズの長年の友人であった大女優マレーネ・ディートリッヒが、怪しげな手相見の占い師ターニャ役でノーギャラ同然の友情出演を果たしています。彼女がラストに残す「彼は大した男だった(He was some kind of a man)」というセリフは、映画史に残る名ラストラインとして知られています。 - チャールトン・ヘストンが引き寄せたウェルズの監督起用
当初、ユニバーサル側はオーソン・ウェルズを「俳優」としてのみ雇う予定でした。しかし、主演に決まっていたチャールトン・ヘストンが「ウェルズが監督するなら出演する」と主張したため、ウェルズの監督復帰が実現したという経緯があります。 - 肉体改造と特殊メイクで挑んだ怪演
オーソン・ウェルズは肥満体で腐敗したクインラン警部を演じるため、義鼻を付け、詰め物をしてさらに体を大きく見せる特殊メイクを施しました。その圧倒的な巨躯と怪物的な存在感は、見る者を恐怖させます。 - ジャネット・リーに襲いかかる密室の恐怖
後にヒッチコックの『サイコ』でシャワー室の悲劇を演じるジャネット・リー。本作でも古びたモーテルでならず者たちに襲撃される恐怖のヒロインを見事に演じ、ノワール独特の不安感を高めています。
まとめ:作品が描いたもの
正義と悪の境界線が曖昧になった世界で、人間の業と破滅を描き出したダーク・サスペンスの金字塔。法を守ろうとする潔癖な男と、自らの「直感」を信じて法を越えていく腐敗した男の対立を通し、正義の本質とは何かを問いかけています。圧倒的な映像美と影の表現が、人間の心の闇を極限まで引き立てる至高の名作と言えるでしょう。
〔シネマ・エッセイ〕
ひっそりと時を刻むタイマーの音と、ネオンが蠢く国境街の喧騒。冒頭のカメラが捉える圧倒的な長まわしから、私たちはもう逃げ場のない黒い罠の中へと引きずり込まれていきます。
この作品の真の主役は、オーソン・ウェルズが体現したクインラン警部という怪物の悲哀に他なりません。醜く太り、足を引きずりながら、自らの「直感」という名の歪んだ正義のために手を汚し続ける男。怪物の影が街の壁面に巨大に投射されるとき、そこに立ち現れるのは絶対的な悪というよりも、過去の傷に縛られた孤独な魂の悲鳴のように感じられます。
汚濁した川に浮かぶ巨躯と、虚しく響く銃声。法を逸脱した男の最期を見届けたあとに訪れるのは、哀愁に満ちた静寂です。光と影が交錯するノワールの陰影の中に、人間の愚かさと愛おしさが深く刻み込まれています。

