死せる前妻の影が支配する館。霧の向こうに隠された驚愕の真実とは。

亡き前妻レベッカの影が色濃く残る屋敷マンダレイを舞台に、若き後妻が味わう心理的恐怖を描いたゴシック・ロマンの傑作。アルフレッド・ヒッチコックのハリウッド進出第1作にして、アカデミー賞作品賞に輝いた、映画史に燦然と輝く心理サスペンスの最高峰。
レベッカ
Rebecca
(アメリカ 1940)
[製作] デヴィッド・O・セルズニック
[監督] アルフレッド・ヒッチコック
[原作] ダフネ・デュ・モーリア
[脚本] ロバート・E・シャーウッド/フィリップ・マクドナルド/マイケル・ホーガン/ジョーン・ハリソン
[撮影] ジョージ・バーンズ
[音楽] フランツ・ワックスマン
[ジャンル] 恋愛/スリラー/ミステリー
[受賞] アカデミー賞 撮影賞/作品賞
キャスト

ローレンス・オリヴィエ
(ジョージ・マクシミリアン・‘マキシム’・ド・ウィンター)

ジョーン・フォンテイン
(私/ウィンター夫人)

ジョージ・サンダース
(ジャック・ファヴェル)
ジュディス・アンダーソン (ダンヴァーズ夫人)
グラディス・クーパー (ベアトリス・レイシー)
ナイジェル・ブルース (ガイルズ・レイシー)
レジナルド・デニー (フランク・クローリー)
C・オーブリー・スミス (ジュリアン大佐)
フローレンス・ベイツ (エディット・ヴァン・ホッパー)

アルフレッド・ヒッチコック
(電話ボックスの男)
ックな映画として、今なお多くの人々に愛され続けている。
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1941 | 第13回アカデミー賞 | 作品賞 | 受賞 |
| 1941 | 第13回アカデミー賞 | 撮影賞(白黒) | 受賞 |
| 1941 | 第13回アカデミー賞 | 監督賞 | ノミネート |
| 1941 | 第13回アカデミー賞 | 主演男優賞 | ノミネート |
| 1941 | 第13回アカデミー賞 | 主演女優賞 | ノミネート |
- 評価
- ヒッチコック作品の中で唯一アカデミー作品賞を受賞した記念すべき一作です。完璧主義のプロデューサー、セルズニックとヒッチコックの衝突がありながらも、その緊張感が作品に独特の格調と深みを与えました。現在も「姿なき登場人物」を描いた演出の白眉として、圧倒的な評価を維持しています。
あらすじ:姿なき前妻の影
モンテカルロで、イギリスの名門貴族マキシム(ローレンス・オリヴィエ)と出会い、恋に落ちた「私」(ジョーン・フォンテイン)。身分違いの恋を乗り越えて結婚した二人は、マキシムの広大な屋敷マンダレイへと向かう。しかし、そこには不慮の事故で亡くなった前妻レベッカの影が至る所に残っていた。
美しく才気煥発だったというレベッカを崇拝する家政婦頭のダンヴァース夫人(ジュディス・アンダーソン)は、新参者の「私」を冷酷に追い詰めていく。何をやってもレベッカと比較され、次第に自信と精神の均衡を失っていく「私」。マキシムの心も離れてしまったのではないかと疑心暗鬼に陥る中、ある嵐の夜、沈没していたレベッカのヨットが発見され、物語は急展開を迎える。
ヨットの中からレベッカの死体が発見され、マキシムに殺人の疑いがかかる。しかし、マキシムが「私」に打ち明けた真実は驚くべきものだった。レベッカは周囲が思うような完璧な女性ではなく、不実で邪悪な本性を持っており、マキシムは彼女を憎んでいたのだ。彼女の死は事故だったが、マキシムは彼女の挑発に耐えかねていた。
裁判の結果、レベッカが実は不治の病に侵されており、マキシムの手を汚さずに自分を殺させるために彼を挑発した「自殺」であったことが判明する。疑惑が晴れた二人だったが、マンダレイに戻ると、狂乱したダンヴァース夫人が屋敷に火を放っていた。レベッカの思い出とともに屋敷は燃え落ち、夫人は炎の中に消える。「私」とマキシムは、過去の呪縛から解き放たれ、新しい人生へと歩み出すのだった。
エピソード・背景
- 名前のない主人公
原作同様、ジョーン・フォンテイン演じる主人公には最後まで名前がありません。これは、彼女がいかにレベッカという巨大な存在に圧倒され、個性を消されていたかを象徴しています。 - ヒッチコックのいじめ演出
役柄の不安感をリアルに引き出すため、ヒッチコックは撮影現場でフォンテインに対し「スタッフ全員が君を嫌っている」と嘘を吹き込むなど、心理的な圧力をかけ続けました。その結果、彼女の震えるような演技が見事に引き出されました。 - ダンヴァース夫人の不気味さ
夫人が部屋に入ってくるシーンでは、歩く姿をあえて見せず、いつの間にかそこに立っているように演出されています。これにより、彼女の幽霊のような不気味さが強調されました。 - セルズニックとの攻防
原作に忠実であることを求めたセルズニックに対し、ヒッチコックは映像による独自の解釈を試みました。結末の一部が検閲(ヘイズ・コード)によって変更されましたが、それがかえって愛の深さを強調する結果となりました。 - ローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リー
主演のオリヴィエは、当時恋人だったヴィヴィアン・リーが「私」役に選ばれなかったことに不満を持ち、フォンテインに対して冷淡に振る舞いました。この現場の緊張感も、奇しくも作品の雰囲気作りに貢献しました。 - 巨額の美術費
マンダレイの屋敷を表現するため、精巧なミニチュアと巨大なセットが併用されました。燃え落ちるラストシーンの迫力は、当時の特撮技術の粋を集めたものです。
まとめ:作品が描いたもの
『レベッカ』は、一人の女性が「過去の亡霊」に打ち勝ち、真のアイデンティティを確立するまでの心理的な旅路を鮮やかに描いています。レベッカという人物は一度も画面に登場しませんが、周囲の語りや残された品々を通じて、観客の心の中に恐ろしくも美しいイメージを植え付ける演出は、ヒッチコックの独壇場です。
この作品の面白さは、ホラー的な恐怖と、ミステリーとしての謎解き、そして重厚なラブストーリーが完璧に融合している点にあります。マンダレイという屋敷そのものが一つの生命体のように機能し、人間の欲望や嫉妬を増幅させる舞台装置となっています。
最後、過去の象徴である屋敷が燃え落ちることで、物語はカタルシスを迎えます。形あるものは滅びても、人の心に刻まれた記憶は消えない。しかし、それを乗り越えてこそ真の愛が生まれるというメッセージは、今なお多くの観客の胸に深く響き渡っています。
〔シネマ・エッセイ〕
「昨夜、私はまたマンダレイに行った夢を見た」。この有名な冒頭のモノローグとともに、私たちは霧に包まれた記憶の迷宮へと引きずり込まれます。ジョーン・フォンテインの怯えたような瞳が、次第に真実を見据える強い眼差しへと変わっていく過程は、何度観ても胸が熱くなります。
姿を見せないレベッカという女性の影に、私たちは自分自身の劣等感や不安を投影してしまうのかもしれません。だからこそ、彼女がその影を振り払い、マキシムの手を握る瞬間に、自分自身も救われたような気持ちになるのです。
黒いドレスに身を包んだダンヴァース夫人の、あの氷のような微笑み。そして、すべてを焼き尽くす真っ赤な炎。モノクロームの画面でありながら、これほどまでに色彩豊かな感情を呼び起こす映画は他にありません。マンダレイは失われましたが、この映画が刻んだサスペンスの真髄は、私たちの心の中で永遠に燃え続けているのです。

