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[女優] グロリア・スワンソン Gloria Swanson  出演作品一覧|プロフィール|エピソード

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グロリア・スワンソン
Gloria Swanson

1899年3月27日、アメリカ・イリノイ・シカゴ生まれ。
1983年4月4日、アメリカ・ニューヨークで死去。享年84歳。
本名グロリア・メイ・ジョセフィン・スワンソン。
父は陸軍大尉。
メロドラマの女王として君臨する。
プラスティックのボタン製造業、旅行会社等実業家としても活躍。
「サンセット大通り」で迫力のカムバック。

今回は、サイレント映画時代の頂点に君臨し、後に『サンセット大通り』で自らの伝説を塗り替えた「永遠の女王」、グロリア・スワンソンをご紹介します。

サイレントからトーキーへ、伝説を生き抜いた誇り高きクイーン。銀幕の化身グロリア・スワンソン

彼女は単なるスターではなく、映画そのものの象徴でした。1920年代、セシル・B・デミル監督作品で華麗な衣装を纏い、世界中の女性の憧れの的となった彼女は、サイレント映画の黄金期を牽引しました。

1920年代のサイレント映画黄金期において、セシル・B・デミル監督作品などでトップスターの地位を確立しました。トーキーへの移行期に一度は第一線を退きましたが、1950年にビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』で過去の栄光に固執する元大女優役を演じ、再評価されました。自ら製作会社を設立するなど、俳優の権利や独立性にも関心を持ち続けた人物です。

✦ PROFILE & BACKGROUND

  • 本名:グロリア・メイ・ジョセフィン・スワンソン
  • 生涯:1899年3月27日 ~ 1983年4月4日(享年84歳)
  • 死因:心臓疾患(ニューヨークの病院にて睡眠中に逝去)
  • 出身:アメリカ / イリノイ州シカゴ
  • ルーツ・家庭環境:
    • 父ジョセフ:スウェーデン系。陸軍の兵士。父の転属に伴い、幼少期をプエルトリコやフロリダなどで過ごしました。
    • 母アデレード:ドイツ系およびフランス系の血を引いていました。娘の才能を信じ、映画界入りを後押ししました。
    • 家族:6度の結婚と離婚を経験。その華やかな男性遍歴は常にタブロイド紙の的でしたが、彼女は自立した女性としての姿勢を崩しませんでした。
  • 背景:エキストラからキャリアをスタートさせ、デミル監督に見出されてトップスターへ。独立心旺盛で、自ら製作会社を設立した先駆者でもあります。
  • 功績:アカデミー主演女優賞に3度ノミネート。ゴールデングローブ賞を受賞。サイレント時代の映画産業の発展に多大な貢献をしました。

🏆 主な功績・活動

公開年出来事備考
1919『夫を変へる勿れ』デミル監督作。洗練されたスター像を確立
1928『港の女』自ら製作・主演。初のアカデミー賞候補
1950『サンセット大通り』20年ぶりの主演復帰。世界を震撼させる
1951ゴールデングローブ賞『サンセット大通り』で主演女優賞受賞
1974『エアポート’75』本人役で出演。最後の映画出演作

🏅 受賞・ノミネート歴(主要4賞)

年度対象作品部門結果
1929港の女アカデミー賞主演女優賞ノミネート
1931トレスパッサーアカデミー賞主演女優賞ノミネート
1951サンセット大通りアカデミー賞主演女優賞ノミネート
1951サンセット大通りゴールデングローブ賞主演女優賞受賞

🎥 珠玉の代表作・深掘り解説

1. サイレント時代の爛熟:夫を変へる勿れ (1919)

セシル・B・デミル監督による、結婚と不倫を題材にしたソフィスティケイテッド・コメディです。

  • 深掘りポイント: それまでの「清純派」か「ヴァンプ(妖婦)」かという二極化された女優像に対し、スワンソンは「洗練された現代的な貴婦人」という新しいスタイルを持ち込みました。豪華な衣装と宝石に身を包んだ彼女の姿は、当時のファッション界にも多大な影響を与えました。

2. 独立した女性の肖像:港の女 (1928)

サマセット・モームの小説『雨』を原作に、自らの製作会社で作り上げた意欲作です。

  • 深掘りポイント: 当時の検閲制度と戦いながら、意志の強い女性像を熱演。製作、宣伝、主演のすべてを自らコントロールする彼女のビジネスウーマンとしての才能が発揮された作品であり、第1回アカデミー賞でのノミネートに繋がりました。

3. 映画史に残る執念のカムバック:サンセット大通り (1950)

ハリウッドの光と影、そして狂気を描いたビリー・ワイルダー監督の傑作です。

  • 深掘りポイント: 「私は今でも大きいわ。小さくなったのは映画の方よ」というノーマの台詞は、かつてのサイレント黄金期を知るスワンソンが演じるからこそ、凄まじい説得力を持ちました。自らの過去をさらけ出すかのような体当たりの演技は、カムバックの枠を超えた芸術的勝利と称賛されました。

📜 グロリア・スワンソンを巡る知られざるエピソード集

1. ジョセフ・ケネディとの許されぬ恋

ケネディ大統領の父、ジョセフ・P・ケネディと数年にわたり不倫関係にありました。ジョセフは彼女の映画製作のパトロンでもありましたが、製作費の横領や支配的な態度にスワンソンが嫌気がさし、関係を断ち切ったと言われています。

2. ビリー・ワイルダーへの「テスト」拒否

『サンセット大通り』のオファーを受けた際、ワイルダーからスクリーンテストを求められ、彼女は激怒しました。「これまでに何十本も主演を張ってきた私にテストをさせるつもり?」と突っぱねましたが、監督への敬意から最終的には応じ、伝説の役を手にしました。

3. 徹底した健康志向の先駆者

スワンソンは早くからマクロビオティックや有機野菜の摂取を実践していた「健康オタク」でもありました。晩年も若々しさを保っていた彼女は、食事療法に関する著書も出版。現在のハリウッドの健康ブームの先駆け的存在でした。

4. 宝石とファッションへの情熱

彼女は撮影で使う衣装や宝石に並々ならぬこだわりを持っていました。ある作品では、自前の高価な宝石を身につけて出演し、それが紛失しないよう常に武装した警備員が周囲を固めていたという逸話も残っています。

5. 映画製作会社の設立

男性優位だった当時のハリウッドで、彼女は自分の製作会社「グロリア・スワンソン・プロダクションズ」を設立しました。クリエイティブな自由を求めて大スタジオから独立した彼女の行動は、後の女優たちの権利向上の道標となりました。

6. 「私はいつだって、クローズアップの準備ができているわ」

『サンセット大通り』のラスト、階段を降りてくるノーマの狂気に満ちた台詞は、彼女自身の人生を肯定する言葉でもありました。撮影終了後、スタッフ全員がスタンディングオベーションを送り、彼女は涙を流したと言われています。


📝 まとめ:銀幕の神話を生き、自らを伝説に変えた孤高のスター

グロリア・スワンソンは、映画がまだ若く、夢に満ちていた時代の煌びやかさを一身に背負った人でした。

一度は過去の人と見なされながらも、自らのプライドと才能で再び頂点へと返り咲いたその姿は、逆境に屈しない強い女性の象徴でもあります。派手なスキャンダルや浮き沈みの激しい人生を歩みながらも、50代で挑んだ『サンセット大通り』での再起は、彼女のキャリアにおける重要な転換点となりました。自ら製作も手がけるなど、俳優としての枠に留まらない活動を見せました。


[出演作品]

1915 年    16 歳

チャップリンの役者  His New Job

1919 年    20 歳

夫を変へる勿れ  Don’t Change Your Husband
連理の枝  For Better, for Worse

1920 年    21 歳

何故妻を換へる?  Why Change Your Wife?
人間苦  Something to Think About

1921 年    22 歳

大事な時  The Great Moment
アナトール  The Affairs of Anatol
銃口に立つ女  Under the Lash
言はぬが花  Don’t Tell Everything

1922 年    23 歳

夫の商標  Her Husband’s Trademark
黄金の籠  Her Gilded Cage
巨巖の彼方  Beyond the Rocks
白絹の女  The Impossible Mrs. Bellew
大陸に鳴る女  My American Wife

1923 年    24 歳

放埓娘  Prodigal Daughters
幸福の扉  Bluebeard’s Eighth Wife
舞姫ザザ  Zaza

1924 年    25 歳

蜂雀  The Humming Bird
焔の女  A Society Scandal
嬲られ者  Manhandled
ありし日のナポレオン  Madame Sans-Gêne

1925 年    26 歳

女心  The Coast of Folly
当り狂言  Stage Struck

1926 年    27 歳

女王蜂  The Untamed Lady
野薔薇  Five Manners

1927 年    28 歳

五つの魂を持つ女  The Love of Sunya

1928 年    29 歳

港の女  Sadie Thompson

1929 年    30 歳


トレスパッサー  The Trespasser

1930 年    31 歳

陽気な後家さん  What a Widow!

1931 年    32 歳

恋愛即興詩  Indiscreet
今宵ひととき  Tonight or Never

1933 年    34 歳

完全な諒解  Perfect Understanding

1934 年    35 歳

空飛ぶ音楽  Music in the Air

1950 年    51 歳

サンセット大通り  Sunset Boulevard

  ゴールデングローブ賞 主演女優賞

1956 年    57 歳

わが息子暴君ネロ  Mio figlio Nerone

1960 年    61 歳

喜劇の王様たち  When Comedy Was King

1974 年    75 歳

恐怖の殺人蜜蜂  Killer Bees (TV)

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