わが心のボルチモア
Avalon
(アメリカ 1990)
[製作] マーク・ジョンソン/バリー・レヴィンソン/チャールズ・ンヒューワース/マリー・ロー
[監督] バリー・レヴィンソン
[脚本] バリー・レヴィンソン
[撮影] アレン・ダヴュー
[音楽] ランディ・ニューマン
[ジャンル] ドラマ
キャスト
レオ・フーシュ (ハイミー・クリッチンスキー)
イヴ・ゴードン (ドティ・カーク)

ルー・ジャコビ
(ガブリエル・クリチンスキー)

アーミン・ミューラー・スタール
(サム・クリチンスキー)

エリザベス・パーキンス
(アン・ケイ)

ジョーン・プローライト
(エヴァ・クリチンスキー)
ケヴィン・ポラック (イジー・カーク)

エイダン・クイン
(ジュールス・ケイ)
イズラエル・ルビネック (ネイサン・クリチンスキー)

イライジャ・ウッド
(マイケル・ケイ)
ストーリー
1914年の独立記念日、ポーランドから移民としてボルチモアにやってきたサム・クリチンスキー(アーミン・ミューラー=スタール)。彼は美しい街アヴァロンに居を構え、兄弟たちと協力しながら懸命に働き、大家族の主として敬愛される存在となった。親族が集まる感謝祭の夕食会では、サムが自身の渡米体験を語り聞かせることが一族の恒例行事であり、そこには揺るぎない家族の絆が存在していた。
しかし、第二次世界大戦後、時代が急速に変化する中で家族の形も変わり始めた。サムの息子ジュールス(エイダン・クイン)とその従兄弟のイジー(ケヴィン・ポラック)は、伝統的な家業から離れてテレビ販売という新ビジネスに乗り出し、郊外の広い家へと移り住んだ。かつて一つ屋根の下で密集して暮らしていた親族たちはバラバラになり、家族の象徴であった夕食会も、テレビの登場によって会話が途絶え、形式的なものへと変質していった。さらに、ジュールスたちの店を襲った火災や、長年積み重なった親族間の些細な感情の縺れが、かつての固い結束を決定的に引き裂いていった。
晩年、妻を亡くし老人ホームで暮らすようになったサムを、孫のマイケル(イライジャ・ウッド)が訪ねた。サムはかつてのように自分の物語を語り始めるが、その記憶は混濁し、若き日の輝かしいアヴァロンの風景も遠い過去のものとなっていた。マイケルは祖父の言葉を静かに聞き入り、失われゆく家族の歴史を胸に刻んだ。かつての大家族の賑わいは消え、サムの語る物語だけが、次世代へと受け継がれる唯一の遺産となったのであった。
受賞・ノミネートデータ
- 第63回アカデミー賞(1991年)
- ノミネート:脚本賞(バリー・レヴィンソン)、撮影賞、作曲賞(ランディ・ニューマン)、衣装デザイン賞
- 第48回ゴールデングローブ賞
- ノミネート:作品賞(ドラマ部門)、脚本賞、作曲賞
- 第43回全米脚本家組合賞(WGA)
- 受賞:最優秀オリジナル脚本賞
エピソード・背景
- バリー・レヴィンソン監督の自伝的要素
本作は『ダイナー』『ティンメン』に続くボルチモア・シリーズの一作で、監督自身の祖父や家族との思い出が色濃く反映されています。劇中のマイケル少年は監督自身の投影と言われています。 - 名優アーミン・ミューラー=スタールの起用
東ドイツ出身のベテラン、アーミン・ミューラー=スタールが一家の長サムを演じました。彼の慈愛に満ちた、しかし時代の変化に戸惑う繊細な演技は絶賛され、ハリウッドでの地位を確固たるものにしました。 - ランディ・ニューマンの情緒的な音楽
サウンドトラックを担当したランディ・ニューマンは、ノスタルジックで哀愁を帯びた旋律を提供し、アカデミー作曲賞にノミネートされました。 - 失われゆく「語り」の文化
劇中では、物語を語り継ぐという口承文化が、テレビという一方的なメディアの普及によって駆逐されていく様子が批判的かつ象徴的に描かれています。 - 感謝祭の七面鳥を巡る確執
親族が集まった夕食会で、遅れてきた親戚を待たずに七面鳥を切り分けてしまったことが原因で絶縁状態になるエピソードは、監督の実生活で起きた出来事に基づいています。 - イライジャ・ウッドの幼少期
孫のマイケル役として、後に『ロード・オブ・ザ・リング』で世界的に有名になるイライジャ・ウッドが子役として出演しており、瑞々しい演技を見せています。 - 時代の変遷を捉えた撮影
1910年代から1950年代までの移り変わりを表現するため、色彩や照明の変化に細心の注意が払われました。撮影の撮影のアレン・ダヴィオーによる映像美は高く評価されています。 - 「アヴァロン」という地名
タイトルの「Avalon」は、アーサー王伝説に登場する理想郷を指すと同時に、ボルチモアに実在した地区の名でもあり、移民たちにとっての「約束の地」を象徴しています。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、あるユダヤ人家族の崩壊を描きながら、同時にアメリカという国家そのものが経験した「コミュニティの喪失」を浮き彫りにしています。車やテレビ、郊外生活といった豊かさを手に入れる代償として、人々が古き良き大家族の絆や伝統的な物語を失っていく過程が、極めてパーソナルな視点から描かれました。
結末でサムが孫に語りかける姿は、形あるものは滅びても、記憶と物語だけは血脈を超えて生き続けるという希望を提示しています。バリー・レヴィンソン監督の故郷への愛と、過ぎ去りし日々への深い敬意が込められた、ヒューマンドラマの至宝と呼ぶべき作品です。


