上流への野心が招いた、取り返しのつかない代償。欲望と真実の愛の間で揺れる男の野心劇。

1950年代のイギリス映画界に新風を吹き込んだ「キッチン・シンク・リアリズム(台所のリアリズム)」の代表作。地方都市の貧しい労働者階級出身の青年が、階級社会の壁を打ち破り上流階級へ駆け上がろうとする野望と、その途上で出会った年上の人妻との悲恋を描く。
第32回アカデミー賞で主演女優賞(シモーヌ・シニョレ)と脚色賞の2部門を受賞し、イギリス映画の表現の幅を大きく広げた傑作人間ドラマ。
年上の女
Room at the Top
(イギリス 1959)
[製作] ジェームズ・ウルフ/ジョン・ウルフ/レイモンド・アンザラット
[監督] ジャック・クレイトン
[原作] ジョン・ブレイン
[脚本] ニール・パターソン/モーデカイ・リクラー
[撮影] フレディ・フランシス
[音楽] マリオ・ナシンベーネ
[ジャンル] ドラマ
[受賞]
アカデミー賞 主演女優賞(シモーヌ・シニョレ)/脚色賞
英国アカデミー賞 作品賞/オリジナル作品賞/女優賞(シモーヌ・シニョレ)
カンヌ映画祭 (主演女優賞(シモーヌ・シニョレ)
ゴールデン・グローブ賞 サミュエル・ゴールドウィン賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー (主演女優賞(シモーヌ・シニョレ)
キャスト

シモーヌ・シニョレ
(アリス・エイスギル)
ローレンス・ハーヴェイ (ジョー・ランプトン)
ヘザー・シアーズ (スーザン・ブラウン)
ドナルド・ウルフィット (ブラウン氏)
ドナルド・ヒューストン (チャールズ・ソームズ)
ハーモニー・バデリー (エルスペス)
アラン・カスバートソン (ジョージ・エイスギル)
レイモンド・ハントリー (ホイレイク氏)
ジョン・ウエストブルック (ジャック・ウェールズ)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1959 | 第12回カンヌ国際映画祭 | 女優賞(シモーヌ・シニョレ) | 受賞 |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 主演女優賞(シモーヌ・シニョレ) | 受賞 |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 脚色賞 | 受賞 |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 作品賞 | ノミネート |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 監督賞 | ノミネート |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 主演男優賞(ローレンス・ハーヴェイ) | ノミネート |
| 1960 | 第32回アカデミー賞 | 助演女優賞(ハーマイオニー・バドリー) | ノミネート |
| 1960 | 第13回英国アカデミー賞 | 総合作品賞 | 受賞 |
評価
それまでのイギリス映画が避けて通ってきた「厳格な階級制度」「過酷な格差社会」そして「性的なリアリズム」を真っ向から描き、イギリス映画史における「アングリー・ヤング・メン(怒れる若者たち)」運動や「ブリティッシュ・ニュー・ウェーヴ」の先駆けとなった歴史的作品です。 フランスの名女優シモーヌ・シニョレが魅せた情熱的かつ哀切な演劇は絶賛され、非英語圏出身の女優としてアカデミー主演女優賞を獲得する快挙を成し遂げました。
あらすじ:野心を抱く青年と二人の女性
第二次世界大戦後のイギリス。貧しい炭鉱町出身の青年ジョー・ラムトン(ローレンス・ハーヴェイ)は、北部の工業都市ワーレイの市役所に会計係として着任する。強い上昇志向を持つジョーは、地元の劇団に参加したことをきっかけに、街の最高権力者である実業家ブラウンの娘スーザン(ヘザー・シアーズ)に近づき、彼女を射止めることで一気に上流階級へ駆け上がろうと画策する。
しかし、スーザンの厳格な両親から格差を理由に冷遇されたジョーは、劇団で出会った年上のフランス人女性アリス(シモーヌ・シニョレ)と急速に親しくなっていく。不実な夫との冷えた結婚生活に苦しむアリスと、野心と孤独に苛まれるジョー。二人は互いの孤独を埋めるように激しい恋に落ち、ジョーにとってアリスは単なる野心を超えた「本当の愛」の対象となっていく。
アリスとの真実の愛に生きようと決意したジョーだったが、彼が以前に誘惑していたスーザンが自分の子を妊娠していることが判明する。娘のスキャンダルを恐れた富豪の父ブラウンは掌を返し、ジョーに高給の職とスーザンとの結婚を提示する。憧れていた「頂上の部屋(Room at the Top)」を手に入れる機会と、アリスへの愛との間で激しく葛藤するジョーだったが、最終的に野心と社会的成功を選び、アリスに冷酷な別れを告げてしまう。
絶望したアリスは絶望のなかで深酒をし、車を暴走させて崖から転落死してしまう。アリスの訃報を知ったジョーは深い罪悪感に苛まれ、泥酔して夜の街で打ちひしがれた姿で彷徨う。
やがて、アリスの死という犠牲の上に成り立った華やかな結婚式の日を迎える。祝福する人々に囲まれ、豪華な車に乗るジョーの目には涙が溢れていた。スーザンはそれを「嬉し泣き」だと勘違いするが、ジョーが手に入れた「成功」は、自らの魂と最愛の人を引き換えにした虚飾に満ちた破滅の始まりだった。
エピソード・背景
- 「ブリティッシュ・ニュー・ウェーヴ」の金字塔
1950年代末のイギリスで起きた、労働者階級の現実や若者の怒り・性表現をリアルに描く映画運動の起点となった作品です。演劇界の「アングリー・ヤング・メン」の潮流を映画へと持ち込みました。 - シモーヌ・シニョレのアカデミー賞受賞
フランス人女優であるシモーヌ・シニョレが英語劇で圧倒的な演技を見せ、1960年の第32回アカデミー賞で主演女優賞を獲得。ハリウッド映画以外の外国女優が主演女優賞を受賞した稀有な例として歴史に刻まれました。 - 過激な性表現と検閲との戦い
当時のイギリスにおける検閲機関(BBFC)から「X指定」(16歳未満入場禁止)を受けましたが、そのリアルな大人の情事や不倫の描写が逆に話題を呼び、興行的に大ヒットを記録しました。 - ジョン・ブレインのベストセラー小説が原作
1957年に発表されたジョン・ブレインの同名小説が原作。戦後イギリス社会の階級移動や青年期の野心を冷徹に切り取った原作の魅力を、脚本家ニール・パターソンがみごとに映画用に脚色しました。 - アカデミー賞史上最短のノミネート記録
アリスの友人エルフリーダ役を演じたハーマイオニー・バドリーは、出演時間がわずか「2分19秒(セリフ数27言)」であったにもかかわらずアカデミー助演女優賞にノミネートされ、演技部門における歴代最短出演時間記録となっています。 - 1965年の続篇『人生とつづき』
本作の大ヒットを受け、1965年には同じくローレンス・ハーヴェイ主演で続篇『Life at the Top(邦題:人生とつづき)』が制作され、上流階級に入った後のジョーの幻滅と葛藤が描かれました。
まとめ:作品が描いたもの
野心と階級社会の壁に挑んだ青年が、成功と引き換えに最も大切な真実の愛を失っていく悲劇を描いた社会派人間ドラマです。欲しかった「頂上の部屋」を手に入れた瞬間に訪れる虚無感を通して、階級制度の歪みと人間のエゴイズムを辛辣に描き出しています。
〔シネマ・エッセイ〕
すり鉢状の泥臭い街から、丘の上の邸宅へ。階級の階段を駆け上がろうとする青年の瞳に宿るのは、若さゆえの輝きというよりも、飢えと焦燥に満ちた青い炎です。
だからこそ、年上のアリスと過ごす隠れ家での時間だけが、彼が野心という鎧を脱ぎ捨てて「ありのままの自分」になれる唯一の呼吸器官でした。すべてを手に入れたはずの豪華なウェディングカーの中で流れる涙。それは勝利の歓喜ではなく、二度と戻れない温もりへの悔恨の涙です。モノクロームの切ない余韻とともに、成功の代償の重さを静かに突きつけてくる名作です。

