ハワード・ホークス
Howard Hawks

1896年5月30日、アメリカ・インディアナ・ゴーシェン生まれ。
1977年12月26日、アメリカ・カリフォルニア・パームスプリングスで死去(脳卒中)。享年81歳。
21歳の頃から助監督・脚本家などで経験を積み、30歳の時監督デビュー。
ジャンルを問わず数多くの名作を生み出した巨匠。
今回は、ハリウッドの黄金時代において、アクションからコメディまであらゆるジャンルで完璧な傑作をモノにした「職人の中の職人」ハワード・ホークスをご紹介します。
彼は、特定のスタジオに縛られないフリーランスの監督として、自らの直感と美学を貫き通しました。「ホークス的女性像」と呼ばれる、自立して男勝りに渡り合うヒロインたちを描いたことでも有名。無駄のないスピーディな台詞回しと、男たちのプロフェッショナルな絆を乾いたタッチで描く彼のスタイルは、後に続く多くの映画監督たちに多大な影響を与えました。
職人の美学、スピードの魔術師。ハワード・ホークス、娯楽映画の真髄
ハワード・ホークスの映画に、湿っぽい情緒は必要ありません。
彼は「良い映画とは、退屈なシーンが一つもない映画のことだ」と語り、観客を一瞬たりとも飽きさせない物語運びを追求しました。飛行士、レーサー、そして映画監督。常にスピードと危険を愛した彼の人生観は、作品の中の「プロフェッショナルであることの誇り」にそのまま反映されています。
気難しい一面もありましたが、俳優の素質を見抜く眼力は天才的で、多くの新人俳優を一夜にしてトップスターへと押し上げました。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:ハワード・ウィンチェスター・ホークス
- 生涯:1896年5月30日 ~ 1977年12月26日(享年81歳)
- 出身:アメリカ・インディアナ州ゴーシェン
- 背景:コーネル大学で機械工学を学び、第一次世界大戦では航空隊に所属。プロのカーレーサーや飛行士としての顔を持ち、そのメカニカルな知識とスピードへの感覚が映画作りの基礎となりました。
- 功績:1975年にアカデミー名誉賞を受賞。派手な賞レースとは距離を置きつつも、同業者や批評家から絶大な尊敬を集めました。
1. ギャング映画の原点:暗黒街の顔役
アル・カポネをモデルにした、バイオレンス映画の先駆け。 凄まじい銃撃戦と、残酷ながらも魅力的な悪漢像を描き、当時の検閲当局と激しく争ったことでも知られます。画面の至る所に「X」の印を配置して死を予感させる視覚的遊びなど、彼の演出センスが爆発した初期の傑作です。
2. スクリューボール・コメディの頂点:赤ちゃん教育
キャサリン・ヘプバーンとケーリー・グラントが繰り広げる、マシンガントークが炸裂するコメディ。 理屈抜きで笑えるドタバタ劇の中に、都会的な洗練と男女の絶妙な駆け引きを封じ込めました。ホークス特有の「重なり合う台詞」が、物語に圧倒的なリズムとスピードを与えています。
3. 西部劇の最高峰:リオ・ブラボー
ジョン・ウェイン主演。町を封鎖された保安官たちが、プロとしての意地をかけて戦う物語。 復讐や憎しみではなく、淡々と「自分の仕事を遂行する」男たちの連帯感を描いたこの作品は、西部劇というジャンルを超えた人間ドラマとして高く評価されています。劇中の歌のシーンなど、緊迫感の中にあるリラックスした空気感もホークスならではの演出です。
📜 ハワード・ホークスを巡る珠玉のエピソード集
1. ローレン・バコールを「創造」した男
無名のモデルだったローレン・バコールを見出し、『脱出』でハンフリー・ボガートの相手役に抜擢しました。彼は彼女に低い声で喋るよう訓練し、男たちと対等に渡り合う「ホークス的女性」の象徴として育て上げました。彼女のトレードマークである「ザ・ルック(上目遣い)」も、彼の演出から生まれたものです。
2. 「俳優の家畜化」への反対
ヒッチコックが「俳優は家畜」と言ったのに対し、ホークスは俳優の個性を最大限に生かすスタイルでした。撮影現場でも俳優の意見を取り入れ、その場で台詞を書き換えることも日常茶飯事。その信頼関係が、ジョン・ウェインやケーリー・グラントの最高の演技を引き出しました。
3. ジョン・フォードへのライバル心
同じく西部劇の巨匠であるジョン・フォードとは、深い尊敬で結ばれつつも強烈なライバル関係にありました。『赤い河』を観たフォードが「あのヘナチョコ(ジョン・ウェイン)に演技ができるなんて知らなかったよ」とホークスの手腕を認めたという話は、二人の関係を象徴する名エピソードです。
4. 飛行機事故からの生還
スピード狂だったホークスは、私生活でも自ら飛行機を操縦して何度も事故を起こしています。しかし、その死線を超えた経験が、彼の描く「死を隣り合わせに生きるプロフェッショナル」たちの描写に、他では真似できないリアリティを与えました。
5. 「ヌーヴェルヴァーグ」からの神格化
アメリカでは「単なる娯楽映画の職人」と見なされることもありましたが、フランスのジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーら若い監督たちは、彼の作家性をいち早く見抜き、「神」として崇めました。これが後の彼への再評価に繋がりました。
6. 徹底した「横位置」の構図
彼は人物の目を水平に捉える「目線の高さ」のカメラポジションを生涯守り続けました。奇をてらったアングルを嫌い、観客が最も自然に物語に没入できる構図を追求した結果です。このシンプルさこそが、彼の映画が今なお古びない最大の理由です。
📝 まとめ:スピードと誇りに生きた永遠のプロ
ハワード・ホークスは、映画という魔法を最も効率的に、そして最もスリリングに操る術を知っていた監督です。
彼の作品に流れるのは、どんな困難な状況でもユーモアを忘れず、自らの仕事を完璧にこなそうとする男と女の潔い姿です。それは、監督自身が人生に対して持っていた姿勢そのものでした。派手なメッセージよりも、一本の筋が通った「粋」な生き方を撮り続けた彼は、永遠に色褪せることのない娯楽映画の教科書を残してくれました。
[監督作品]
1926 30歳
栄光への道 The Road to Glory
無花果の葉 Fig Leaves
1927 31歳
新旧恋の三段返し Cradle Snatchers
雲晴れて愛は輝く Paid to Love
1928 32歳
港々に女あり A Girl in Every Port
ファジル Fazil
空中サーカス The Air Circus
1929 33歳
トレント大事件 Trent’s Last Case
1930 34歳
1931 35歳
1932 36歳
1933 37歳
1934 38歳
1936 40歳
永遠の戦場 The Road to Glory
大自然の凱歌 Come and Get It
1938 42歳
1939 43歳
1940 44歳
1941 45歳
1943 47歳
1944 48歳
1946 50歳
1948 52歳
1949 53歳
1952 56歳
1953 57歳
紳士は金髪〈ブロンド〉がお好き Gentlemen Prefer Blondes
1955 59歳
ピラミッド Land of the Pharaohs
1959 63歳
1961 65歳
1964 68歳
1965 69歳
レッドライン7000 Red Line 7000































