虚構で塗り固められた一族の確執。熱気と欲望が渦巻く夜、暴かれる愛の真実。

テネシー・ウィリアムズによる劇文学の最高峰である同名戯曲を、名匠リチャード・ブルックス監督が映画化。
アメリカ南部の大農園主の生誕祝いに集まった一族の中で繰り広げられる、遺産相続を巡る醜い争いと、過去の傷に縛られた夫婦の愛憎劇を描く。
エリザベス・テイラーとポール・ニューマンが醸し出す凄絶な美しさと圧倒的な演技合戦が絶賛され、第31回アカデミー賞で6部門にノミネートされた不朽の名作ドラマ。
熱いトタン屋根の猫
Cat on a Hot Tin Roof
(アメリカ 1958)
[製作] ローレンス・ワインガーテン
[監督] リチャード・ブルックス
[原作] テネシー・ウィリアムズ
[脚本] リチャード・ブルックス/ジェームズ・ポー
[撮影] ウィリアム・H・ダニエルズ
[音楽] アンドレ・プレヴァン/チャールズ・ウォルコット
[ジャンル] ドラマ
キャスト

エリザベス・テイラー
(マギー・‘ザ・キャット’・ポリット)

ポール・ニューマン
(ブリック・ポリット)
バール・アイヴス (ビッグ・ダディ)
ジャック・カーソン (グーパー)
ジュディス・アンダーソン (ビッグ・ママ)
マデリーン・シャーウッド (メイ)
ラリー・ゲイツ (Dr.ボー)
ヴァーン・テイラー (ディーコン・デイヴィス)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 作品賞 | ノミネート |
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 監督賞(リチャード・ブルックス) | ノミネート |
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 主演男優賞(ポール・ニューマン) | ノミネート |
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 主演女優賞(エリザベス・テイラー) | ノミネート |
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 脚色賞 | ノミネート |
| 1959 | 第31回アカデミー賞 | 撮影賞(カラー) | ノミネート |
| 1959 | 第16回ゴールデングローブ賞 | 最優秀作品賞(ドラマ部門) | ノミネート |
評価
テネシー・ウィリアムズ独特の鬱屈した人間心理や家族内の愛憎劇を、豪華キャストの力演によってスリリングかつ情熱的な大衆娯楽劇へと昇華させた作品です。
特にポール・ニューマンの苦悩に満ちた佇まいと、エリザベス・テイラーが見せた「熱いトタン屋根の上で足掻く猫」のような逞しくも妖艶な存在感は絶賛され、両者ともにアカデミー主演賞にノミネートされるなど高い評価を獲得しました。
あらすじ:南部の邸宅と冷え切った夫婦
アメリカ南部ミシシッピ州の広大な綿花農園。大富豪の農園主”ビッグ・ダディ“(バール・アイヴス)の65歳の誕生祝いに一族が集まっていた。しかし、長男グーパー(ジャック・カーソン)夫妻が子沢山をアピールして遺産を独占しようと画策する一方、ダディが最も目をかける次男ブリック(ポール・ニューマン)は心に深い傷を負い、酒に溺れていた。
かつて花形フットボール選手だったブリックは、親友スキッパーの自殺に強い罪悪感を抱き、足の骨を折って松葉杖をつきながら妻マギー(エリザベス・テイラー)との同寝を拒み続けていた。情熱的なマギーは夫の愛を取り戻そうと必死にアプローチするが、ブリックは冷たく拒絶する。マギーは自身を「熱いトタン屋根の上に立たされた猫」に例え、熱さに耐えながら屋根にしがみつき続ける覚悟を決めていた。
一方、癌で余命いくばくもないことを本人以外隠されていたダディだったが、医者からの真実の診断結果が一族に知れ渡り、屋敷内に欲望と嘘が渦巻き始める。
激しい暴風雨の夜、地下室でブリックとダディは二人きりで本音をぶつけ合う。ダディはブリックになぜ酒に溺れるのかを追及し、ブリックはスキッパーの死の真相を告白する。スキッパーは自分の能力への絶望と不貞の疑いに苛まれて自殺しており、ブリック自身も親友の助けを求める電話を拒絶したという強い後悔に苛まれていたのだ。そしてブリックは、ダディが不治の病であり余命わずかであるという残酷な真実を叩きつける。
死の恐怖と向き合うことになったダディに対し、一族はついに遺産相続の分与を巡って醜い言い争いを始める。欲に目が眩んだ長男夫妻の姿に胸を痛める家族の前で、マギーは咄嗟に「私のお腹にはブリックとの新しい命が宿っている」と嘘の発表をする。
グーパー夫妻は証拠がないと騒ぎ立てるが、死を覚悟したダディはマギーの嘘の中に秘められた強い意志と愛を信じることを選ぶ。そしてブリックもまた、自分のために虚飾の家族に立ち向かうマギーの真摯な愛に心を打たれる。全員が去った寝室で、ブリックは松葉杖を投げ捨て、自らの心を開いてマギーを抱きしめる。二人は長年の確執を乗り越え、新しい未来に向かって歩み出すのだった。
エピソード・背景
- エリザベス・テイラーを襲った悲劇と復帰
撮影開始直後、エリザベス・テイラーの夫である映画プロデューサーのマイク・トッドが飛行機事故で急逝。絶望の底に突き落とされたテイラーでしたが、わずか数週間後に現場へ復帰し、悲しみを圧倒的な演技のエネルギーへと変えて撮影を完遂しました。 - ヘイズ・コードによる同性愛描写の改変
原作戯曲ではブリックと亡き親友スキッパーの間に同性愛的なニュアンスが強く描かれていましたが、当時のハリウッドの倫理規定(ヘイズ・コード)をクリアするため、映画版では「挫折した夢と罪悪感による苦悩」へと焦点が変更されました。原作者テネシー・ウィリアムズはこの改変に当初不満を示しました。 - バール・アイヴスの圧巻の演技
ビッグ・ダディ役を演じたバール・アイヴスは、ブロードウェイの舞台版でも同役を演じて大絶賛されていました。映画化にあたっても続投し、豪快でありながら死への恐怖に怯える複雑な父親像を見事に体現しました。 - 劇的な興行的大ヒット
重厚でシリアスなテーマを扱いながらも、エリザベス・テイラーとポール・ニューマンというトップスターの競演が大きな話題を呼び、1958年の全米興行収入第3位を記録する大ヒット作となりました。 - 舞台出身監督リチャード・ブルックスの臨場感ある演出
『暴力教室』などで知られる名匠リチャード・ブルックス監督は、広大な屋敷という密室空間を舞台に、俳優たちの会話の応酬と緻密なカメラワークによって緊張感を絶え間なく維持させました。 - ポール・ニューマンをスターの頂点へ
それまで『傷だらけの栄光』などで注目されていたポール・ニューマンですが、本作での陰のある屈折したヒーロー像が高く評価され、生涯初となるアカデミー主演男優賞ノミネートを獲得。名実ともにトップスターの仲間入りを果たしました。
まとめ:作品が描いたもの
「嘘(Mendacity)」に塗られた家族の人間関係と、自らのトラウマから抜け出せない青年の葛藤を描いた至高の人間ドラマです。死や孤独という避けて通れない過酷な現前に直面したとき、欲望や欺瞞をぎぎ落とし、真実の愛と信頼を掴み取る人間の逞しさを描き出しています。
〔シネマ・エッセイ〕
熱気が立ち込める南部の夜、蒸し暑い部屋の中で繰り広げられる言葉の刃の応酬。登場人物たちが吐き出す本音と欲望は、逃げ場のない鉄板の上で足をもだえさせる猫のように生々しく痛切です。
その濃密なドラマを支えているのが、凄絶なまでに美しい主演二人の演技です。ポール・ニューマンは松葉杖に深く体重を預ける投げやりな所作と、グラスを見つめる冷ややかな眼差し、そして絞り出すような声のトーンで、酒に逃げ心を閉ざした男の孤独と罪悪感を鮮烈に体現します。対するエリザベス・テイラーもまた、汗ばむ肌と濡れた瞳で夫に迫り、冷たく突放されても爪を立ててしがみつき続ける情熱を、しなやかで激しい身体表現で見事に演じきっています。
冷たさに傷つきながらも決して諦めない彼女が土壇場で見せた「愛のための嘘」は、欺瞞に満ちた邸宅の中で唯一輝く真実の光でした。二人が感情をぶつけ合い、過去の呪縛を断ち切った末に、ニューマンが松葉杖を捨てて妻の待つベッドへと向かうラスト。瞳に熱を取り戻した彼の足取りは、熱い屋根の上から確かな大地へと踏み出した男の復活の瞬間として、今なお鮮烈な余韻を残します。

