ジェニファー・ジョーンズ
Jennifer Jones

1919年3月2日、アメリカ・オクラホマ・タルサ生まれ。
2009年12月17日、アメリカ・カリフォルニア・マリブで永眠。享年90歳。
身長170cm。
両親は舞台俳優。
ロバート・ウォーカーと離婚後、大プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックと結婚。
『聖処女』でオスカー獲得。
今回ご紹介するのは、処女作でオスカーを手にしたシンデレラガールであり、同時に「プロデューサーに愛されすぎた女優」としても知られる、ジェニファー・ジョーンズです。
彼女は、聖女のような清らかさと、妖婦(ファム・ファタール)のような激しさを併せ持つ、不思議な魅力の持ち主でした。大物プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックに見出され、彼の徹底した管理と愛情のもとで、ハリウッド黄金期の頂点へと登り詰めました。
しかし、その輝かしいキャリアの裏側には、私生活での波乱や、自身のイメージを巡る苦悩が常に影を落としていました。その美しすぎる瞳に宿る繊細な光と影は、今もなお多くの映画ファンを惹きつけてやみません。
聖女の祈りと、燃え上がる情熱。ジェニファー・ジョーンズ、愛の迷宮
ジェニファー・ジョーンズの魅力は、触れれば壊れてしまいそうな危うさと、すべてを焼き尽くすような感情の爆発が同居している点にあります。
無名の新人から一躍、聖ベルナデッタとしてスクリーンに現れた彼女は、その無垢な演技で世界を浄化しました。しかし、セルズニックの手によって、次第に野性味溢れる情熱的な女性へと塗り替えられていきます。役柄ごとに全く異なる顔を見せる彼女の演技は、常に「愛」という大きなテーマに翻弄されながらも、その時々の真実を映し出していました。
銀幕を去った後は、悲劇を乗り越え社会貢献に身を捧げた彼女の歩みは、ひとつの壮大な映画そのものでした。
✦ PROFILE & BACKGROUND
- 本名:フィリス・リー・イズリー
- 生涯:1919年3月2日 ~ 2009年12月17日(享年90歳)
- 出身:アメリカ・オクラホマ州タルサ
- 背景:旅回りの一座を運営する両親のもとに生まれ、幼少期から舞台に立ちました。ニューヨークで演技を学んでいた際、デヴィッド・O・セルズニックと運命的な出会いを果たし、「ジェニファー・ジョーンズ」として再デビュー。瞬く間にトップスターの仲間入りをしました。
- 功績:アカデミー主演女優賞受賞(1回)。ノミネートは計5回を数え、1940年代から50年代にかけてハリウッドで最も重要な女優の一人として君臨しました。晩年は精神衛生の啓発活動や、ノートン・サイモン美術館の運営にも深く携わりました。
🏆 主な功績・活動
| 年 | 出来事 | 備考 |
| 1943 | 『聖処女』で映画デビュー | アカデミー主演女優賞を受賞 |
| 1944 | 『君去りし後』公開 | アカデミー助演男優賞にノミネート |
| 1946 | 『白昼の決闘』公開 | 妖艶なハーフの女性を演じ、物議と称賛を呼ぶ |
| 1955 | 『慕情』公開 | 香港を舞台にした悲恋を演じ、代表作の一つに |
| 1980 | ジェニファー・ジョーンズ・サイモン財団設立 | 精神衛生と教育のための慈善活動を開始 |
1. 奇跡の始まり:聖処女
彼女のキャリアを語る上で欠かせない、伝説のデビュー作です(厳密には再デビュー)。
フランスのルルドで聖母マリアの啓示を受けた少女、ベルナデッタを演じました。その圧倒的な透明感と、神々しいまでの信仰心を宿した眼差しは、観客を深く魅了。デビュー作にしてアカデミー主演女優賞を受賞するという、映画史上類を見ない快挙を成し遂げました。
この時、親友だったイングリッド・バーグマンから「あなたのベルナデッタは、私のマリアよりも素晴らしかった」と讃えられたエピソードは有名です。
2. 禁断の情熱:白昼の決闘
聖女のイメージを根底から覆した、セルズニック渾身の超大作西部劇です。
二人の兄弟を破滅させる情熱的な娘パール・チャベスを演じました。真っ赤なドレスに身を包み、大地を這いながら愛を叫ぶラストシーンは、あまりの過激さに当時の検閲にかかるほどでしたが、彼女の秘めたる野生を解き放った名演となりました。この作品での演技により、彼女は再びオスカー候補となりました。
3. 時を超えた愛:ジェニイの肖像
幻想的で美しい、愛のファンタジーの傑作です。
画家の前に現れる、時を止めたかのような不思議な少女ジェニイを演じました。成長するごとに姿を現し、最後には大嵐の中で消えていく彼女の姿は、まさに「永遠の恋人」そのもの。セルズニックが彼女の美しさを永遠に記録しようとしたかのような、詩情豊かな映像美の中で、彼女の儚い魅力が頂点に達した作品です。
4. 東洋の哀愁:慕情
香港を舞台に、イギリス系中国人の女医とアメリカ人特派員の恋を描いた、悲恋映画の金字塔です。
チャイナドレスを見事に着こなし、人種や社会の壁に悩みながらも愛を貫く女性を、落ち着いた知性を持って演じました。主題歌のメロディと共に、丘の上で恋人を待つ彼女の姿は、多くの日本人の心にも深く刻まれています。
5. 最後の輝き:タワーリング・インフェルノ
超豪華キャストが集結したパニック映画の傑作です。
長く一線を退いていた彼女でしたが、旧友の制作者から熱烈なオファーを受け、社交界の名士リゼロッテ役で出演。炎に包まれる高層ビルの中で、かつての恋人と共に気高く散る姿を演じ、ゴールデングローブ賞にノミネートされるなど、往年の大女優としての貫禄を銀幕に残しました。
📜 ジェニファー・ジョーンズを巡る知られざるエピソード集
1. セルズニックの「究極のプロデュース」
プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックは、彼女に一目惚れしてからというもの、彼女を世界一の女優にするために心血を注ぎました。出演作の選定はもちろん、衣装のボタンひとつ、照明の角度にまで細かく指示を出し、彼女を「完璧な偶像」として作り上げました。1949年に二人は結婚しますが、その愛は時に過干渉となり、彼女の精神を追い詰めることもありました。しかし、彼が亡くなるまで、二人はハリウッドで最も強力で孤独なカップルとして歩み続けました。
2. 元夫ロバート・ウォーカーの悲劇
彼女の最初の夫は、俳優のロバート・ウォーカーでした。しかし、彼女がセルズニックと恋に落ちたことで離婚。ロバートは精神を病み、若くして亡くなってしまいます。彼女はこの出来事に生涯強い罪悪感を抱き続け、後の精神衛生活動への献身は、この悲劇的な経験が原点の一つになっていると言われています。
3. 聖女を演じるための「泥食い」
『聖処女』の撮影中、彼女は役作りに没頭するあまり、台本にある「土を食べる」シーンで、演技ではなく本当に泥や木の枝を口に含んだと言われています。監督が止めても「ベルナデッタならそうするはずです」と譲らなかったその情熱こそが、彼女にオスカーをもたらしたのです。
4. ノートン・サイモンとの再婚とアートの世界
セルズニックの死後、失意の中にいた彼女を救ったのは、実業家でアートコレクターのノートン・サイモンでした。彼との結婚を通じて、彼女は映画の世界から美術の世界へと足を踏み入れます。パサデナのノートン・サイモン美術館の運営に携わり、建築家フランク・ゲーリーによる改装を主導するなど、文化人としての才能も開花させました。
5. 悲しみを乗り越えた慈善活動
1976年、セルズニックとの間に生まれた愛娘メアリー・ジェニファーを自死で失うという、耐え難い悲劇に見舞われました。彼女はこの絶望の底から、精神疾患に苦しむ人々を助けるための財団を設立。自らの名前を冠した財団を通じて、心の病に対する理解を深めるための活動に後半生を捧げました。
6. 美しき隠遁者
晩年の彼女は、ハリウッドの華やかな社交界からは距離を置き、マリブの自宅で静かに暮らしました。取材を受けることも滅多にありませんでしたが、2003年に夫ノートンが遺した美術館を守り続けるその姿が報じられた際、90歳近い高齢になっても変わらぬ気品を湛えた美しさは、世界中のファンを驚かせました。
📝 まとめ:愛に翻弄され、愛を紡いだ映画人生
ジェニファー・ジョーンズは、一人のプロデューサーの執念によって聖女となり、またある時は情熱的な女へと姿を変えた、まさに「映画が生んだ幻影」のような女優でした。
その歩みは、華やかな成功の裏で愛する人々との別れや自己のアイデンティティへの苦悩を抱え、それでもなおカメラの前で命を燃やし続けた、壮絶なプロセスでもありました。セルズニックという巨大な愛の檻から抜け出した後、自らの意思で社会に貢献し、アートを守り抜いた後半生は、彼女が単なる「作られたスター」ではなく、芯の強い一人の女性であったことを証明しています。
90歳で幕を閉じたその生涯は、聖ベルナデッタのような純粋さと、ジェニイのような永遠の神秘を抱えたまま、静かに歴史の彼方へと去っていった、ひとつの伝説的な女優としての映画人生でした。
[出演作品]
1939 20歳
NEW FRONTIER
1943 24歳
アカデミー賞主演女優賞
ゴールデン・グローブ賞主演女優賞
1944 25歳
1945 26歳
1946 27歳
小間使 Cluny Brown
1948 29歳
1949 30歳
1950 31歳
1952 33歳
1953 34歳
1955 36歳
慕情 Love Is a Many-Splendored Thing
美わしき思い出 Good Morning, Miss Dove
1956 37歳
1957 38歳
1962 43歳
夜は帰ってこない Tender is the Night
1966 47歳
留学体験 霧の中でさようなら The Idol
1969 50歳
ザ・ダムド/あばかれた虚栄 Angel, Angel, Down We Go

















