マール・オベロン
Merle Oberon
1911年2月19日、イギリス領インド・ボンベイ生まれ。
1979年11月23日、アメリカ・カリフォルニア州マリブで死去(脳卒中)。享年68歳。
本名エステル・マール・オブライエン・トンプソン。
身長157cm。
ウェールズ・セイロン系。
17歳の頃インドからロンドンへ渡り、端役でいくつか映画に出演。
エキゾチックな美貌でスターの座に。
マール・オベロンは、ハリウッド黄金時代を代表する女優のひとり。1930年代〜40年代にかけてイギリスとアメリカの映画界で活躍し、洗練された美貌と優雅な雰囲気で知られた。『嵐が丘』のキャシー役などで名声を得たが、その美貌の裏には人種的出自を隠さざるを得なかった複雑な過去があった。
出自と幼少期 〜 “白人”としての生涯
マール・オベロンは、インドのボンベイ(現在のムンバイ)で生まれた。母親はスリランカとマオリの血を引く混血で、父親については諸説あるが、オーストラリア人の育ての父とされる人物がいる。幼少期はインドで育ち、植民地社会の中で「白人社会」に適応するために、自らのルーツを隠すようになる。
女優として活動を始めるにあたり、出身地を「タスマニア」などと偽り、肌を白く見せるために肌色を明るくする化粧品や照明技術を使っていた。この”漂白された”アイデンティティは、当時の人種差別的なハリウッドでは、生き残るための選択でもあった。
キャリア初期とブレイク
1920年代末に渡英し、エキストラや端役からスタート。ロンドンで映画監督アレクサンダー・コルダの目に留まり、コルダの庇護と支援を受けながら急速にキャリアが上昇。名前も「マール・オベロン」に改名した。
1933年、エミール・ゾラ原作の映画『囚われの魂(The Private Life of Henry VIII)』での端役出演をきっかけに知名度を上げ、1935年の『夜ごとの美女(The Dark Angel)』でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、一躍トップ女優に。
代表作と女優としての魅力
嵐が丘
エミリー・ブロンテの名作の映画化で、ローレンス・オリヴィエと共演。キャサリン役として妖艶かつ気品のある演技を披露し、マールの代表作に。
※この作品での照明は、彼女の肌の色を“白人の基準”に近づけるよう慎重に設計されていた。
ダアク・エンゼル
第一次世界大戦を舞台にしたラブストーリー。知的で気品あるヒロインを演じて評価を受け、アカデミー賞ノミネート。
淑女超特急
エルンスト・ルビッチ監督のコメディ作品で、洗練された都会派女性を演じる。
エピソード
アレクサンダー・コルダとの結婚
1939年に映画プロデューサーのアレクサンダー・コルダと結婚。彼は彼女のキャリアを大きく後押ししたが、1945年に離婚。結婚生活中、二人は「ハリウッドで最も知的なカップル」と呼ばれていた。
人種と出自を巡る苦悩
母親が自分の姉だと偽り、家族構成も長く隠していた。メディアやファンから「タスマニア出身」と紹介され続けたが、実際には「非白人」であることを一切公にできなかった。この偽りは、死後になって明らかにされた。
交通事故と顔の傷
1937年、深刻な自動車事故に遭い、顔に大きな傷を負ったが、ハリウッドのメイク技術と照明の工夫でカバー。以来、「片面からしか撮影させなかった」とも言われている。
晩年と家庭生活
晩年はメキシコのアカプルコに移住し、穏やかに過ごした。最終的に4回の結婚を経験し、養子もいた。1979年、脳卒中によりカリフォルニア州マリブで死去。享年68。
「黒人に見えないこと」がキャスティング条件だった
当時のハリウッドでは、彼女の肌の色が問題視されることがあり、日焼け厳禁・露出NGとされていた。
カラー映画は避けていた
肌の色が明るく見えるように、あえてモノクロ映画を中心に出演していたとも言われる。
オードリー・ヘプバーンの原型?
気品ある佇まい、ヨーロッパ的なエレガンスから、「初期のオードリー・ヘプバーン的存在」と評価されることもある。
マール・オベロンは、クラシック映画黄金時代において「理想的なヨーロピアン美女」として成功を収めたが、その背景には、自分の出自を偽り続けざるを得なかった苦しみがあった。彼女のキャリアは、才能と美貌の結晶であると同時に、人種・アイデンティティの制限が厳しかった時代のハリウッドの縮図でもある。
今日では、オベロンの人生は「人種と美の政治性」を考える上で再評価されつつあり、彼女の映画はその繊細さと強さが再発見されている。表の栄光と裏の孤独が交差した、深い陰影をもったハリウッド・レジェンドである。
[出演作品]
1928 年 17 歳
The Three Passions
1930 年 19 歳
The W Plan
Alf’s Button
A Warm Corner
1931 年 20 歳
Never Trouble Trouble
Fascination
1932 年 21 歳
Service for Ladies
Ebb Tide
Aren’t We All?
Wedding Rehearsal
Men of Tomorrow
For the Love of Mike
1933 年 22 歳
Strange Evidence
ヘンリー八世の私生活 The Private Life of Henry VIII
1934 年 23 歳
ドン・ファン The Private Life of Don Juan
紅はこべ The Scarlet Pimpernel
1935 年 24 歳
シュヴァリエの巴里ッ子 Folies Bergère de Paris
ダアク・エンゼル The Dark Angel
1936 年 25 歳
この三人 These Three
吾が捧げし命 Beloved Enemy
1938 年 27 歳
牧童と貴婦人 The Cowboy and the Lady
1939 年 28 歳
1941 年 30 歳
リディアと四人の恋人 Lydia
淑女超特急 That Uncertain Feeling
1944 年 33 歳
謎の下宿人 The Lodger
1945 年 34 歳
楽聖ショパン A Song to Remeber
誤解 This Love of Ours
1947 年 36 歳
1948 年 37 歳
ベルリン特急 Berlin Express
1952 年 41 歳
哀愁のモンテカルロ 24 Hours of a Woman’s Life
1954 年 43 歳
デジレ Desiree
我が心に君深く Deep in My Heart
1963 年 52 歳
情事の曲り角 Of Love and Desire
1967 年 56 歳
ホテル Hotel
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