時を超えて描かれた、永遠の恋人の面影。デヴィッド・O・セルズニックが愛する妻に捧げた、幻想的で耽美なロマンティシズムの極致。

冬のセントラルパークで出会った、古風な服を纏う少女ジェニー。売れない画家イーベンが彼女に再会するたび、少女は数年分の時を飛び越えて成長していく。彼女はどこから来たのか、そして次はいつ現れるのか。撮影ジョセフ・オーガストが魔法のように捉えた霧のニューヨークと、色彩が爆発するラストシーン。時空の境界線で燃え上がる愛の行方を、霧の中から浮かび上がる肖像画のように描き出した、映画史上最も美しいファンタジー・ロマンス。
ジェニーの肖像
Portrait of Jennie
(アメリカ 1948)
[製作] デヴィッド・O・セルズニック/デヴィッド・ヘンプステッド
[監督] ウィリアム・ディターレ
[原作] ロバート・ネイサン
[脚本] ポール・オズボーン/ピータ・バーネス/レオナルド・ベルコヴィッチ/ベン・ヘクト/デヴィッド・O・セルズニック
[撮影] ジョセフ・H・オーガスト
[音楽] ディミトリー・ティオムキン/バーナード・ハーマン
[ジャンル] ドラマ/恋愛/ファンタジー/ミステリー
[受賞]
アカデミー賞 特殊効果賞
ヴェネチア映画祭 主演男優賞(ジョセフ・コットン)
キャスト

ジェニファー・ジョーンズ
(ジェニー・アップルトン)

ジョセフ・コットン
(イーベン・アダムズ)
エセル・バリモア (ミス・スピニー)

リリアン・ギッシュ
(マザー・メアリー)
セシル・ケラウェイ (マシューズ)
デヴィッド・ウェイン (ガス・オトゥール)
アルバート・シャープ (ムーア)
ヘンリー・フル (イーク)
フローレンス・ベイツ (ジェイクス夫人)
フェリックス・ブレサート (ピート)
クレム・ビヴァンズ (キャプテン・コッブ)
モード・シモンズ (クララ・モーガン)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1949 | 第21回アカデミー賞 | 特殊効果賞 | 受賞 |
| 1949 | 第21回アカデミー賞 | 撮影賞(白黒部門) | ノミネート |
| 1948 | ヴェネツィア国際映画祭 | 男優賞(ジョセフ・コットン) | 受賞 |
評価
製作のセルズニックが、当時の妻ジェニファー・ジョーンズを「永遠のミューズ」として不滅の存在にするために心血を注いだ傑作です。ジョセフ・オーガストによる撮影は、全編にキャンバスの質感(キャンバス・プリント)を被せたような特殊な処理が施され、映画そのものが「動く絵画」のような気品を湛えています。
ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」や「雲」をモチーフにしたディミトリ・ティオムキンの音楽は、この世ならぬ幽玄な世界観を完璧に補完しました。特にラストの嵐のシーンで、モノクロからセピア、そしてエメラルドグリーンの大画面へと変貌する演出は、当時の観客を驚愕させ、今なお語り継がれる映画的魔法となっています。
あらすじ:霧の中に消える、未来の約束
大恐慌時代のニューヨーク。才能がありながらも情熱を失いかけていた画家イーベン(ジョセフ・コットン)は、黄昏のセントラルパークで不思議な少女ジェニー(ジェニファー・ジョーンズ)に出会う。彼女は古い歌を口ずさみ、イーベンが知らない過去の出来事を昨日のことのように語った。
数週間後に再会した彼女は、見違えるほど成長していた。会うたびに大人の女性へと変わっていくジェニーに、イーベンは魅了され、彼女をモデルに一幅の肖像画を描き始める。それは彼にとって最高傑作となったが、同時に彼は恐ろしい真実に気づき始める。ジェニーは、すでに数十年前の嵐の夜に命を落とした過去の住人だったのだ。二人の運命が交錯する「あの日」の嵐が、再びニューイングランドの海岸に迫っていた。
ジェニーが亡くなったとされる運命の夜、イーベンは彼女を救うべく、荒れ狂う灯台へと向かう。凄まじい嵐(ここで画面が緑色の巨大なスクリーンに切り替わる)の中、ついに二人は再会するが、巨大な波が二人を引き裂く。イーベンは必死に彼女の手を掴むが、ジェニーは「愛は時を超える」と言い残し、荒海へと消えていった。
イーベンは一人生き残るが、彼の手元には彼女が残したスカーフと、魂を込めて描いた肖像画だけが残された。美術館に飾られた『ジェニーの肖像』。その前で足を止める人々は、キャンバスの中から微笑みかける彼女の瞳に、時を超えた愛の真実を見る。イーベンは彼女を失ったのではない、絵画の中で彼女を永遠にしたのだという静かな悟りの中で物語は幕を閉じる。
エピソード・背景
- ジョセフ・オーガストの遺作
表現主義的なライティングの名手が、本作の撮影終了直後に急逝。彼が残した霧と光の描写は、アカデミー賞候補となるに相応しい美しさでした。 - ドビュッシーの調べ
ティオムキンはドビュッシーの旋律を巧みに編曲し、ジェニーが登場するたびに流れる神秘的なテーマとして定着させました。 - ジェニファー・ジョーンズの変貌
少女から大人の女性へと急速に成長していく難役を、彼女は衣装やメイクだけでなく、佇まいや声のトーンだけで見事に演じ分けました。 - 巨額の製作費
セルズニックの完璧主義により、嵐のシーンの撮影には膨大な時間が費やされ、当時のファンタジー映画としては異例の予算が投じられました。 - エセル・バリモアとリリアン・ギッシュ
無声映画時代からの大女優二人が脇を固め、幻想的な物語に確かな重厚感とリアリティを与えています。 - 肖像画の行方
劇中で描かれる印象的な肖像画は、実際にはロバート・ブラックマンによって描かれたもので、撮影後もセルズニックが大切に保管していました。 - 特殊な画面サイズ
初公開時、ラストの嵐のシーンではスクリーンが左右に広がる「マグナスコープ」という手法が取られ、観客を圧倒しました。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、死によって分かたれた愛を「芸術」という形に変えることで、永遠へと昇華させる救済の物語です。全編を覆う絵画のような映像美は、現実の時間を一時停止させ、物語を神話の領域へと押し上げました。
形ある命は霧のように消え去っても、魂を込めて描かれた面影だけは時代を超えて人々の心に生き続ける——その切なくも力強い信念が、本作を単なるファンタジーを超えた「愛の不滅の記録」に仕立て上げています。一人の画家が絶望の淵で見つけた光は、時空を超えて輝き続ける肖像画として結実したのです。
〔シネマ・エッセイ〕
キャンバスを透かして覗き込むような映像の中で、ジェニーの瞳に宿る星のような輝きが、こちらの胸にまっすぐ突き刺さります。ドビュッシーの旋律が吐息のように漂い、観ている間ずっと、ニューヨークの冬の霧が首筋にまとわりつくような、不思議な実感を伴う孤独に包まれます。いつ消えてしまうかわからない「愛しい人の体温」を必死に追い求める、あの痛々しいほどの焦燥感。
クライマックス、荒れ狂う嵐の中で画面が色彩に染まる瞬間、それは理屈を超えた魂の邂逅そのものを目撃しているかのようです。激しい波音に消えていく彼女の手の感触が、観終わった後も指先にこびりついて離れません。
映画が終わった後、ふと部屋の隅に彼女が立っているのではないか、と霧の向こうを探してしまうような心地よい眩暈。芸術が死に打ち勝つ瞬間を見届けた私たちは、明日から目にする何気ない景色の中に、まだ見ぬ「ジェニーの影」をそっと探し始めてしまうのです。

