智略の王と魔性の女王。砂漠の果てに燃え上がる、神を背いた禁じられた愛と戦乱の叙事詩。

古代イスラエルの賢王ソロモン。その知恵と繁栄を妬む異教の国々は、美貌のシバの女王を刺客として送り込む。王を誘惑し、信仰を崩壊させようとする女王だったが、二人の間にはいつしか真実の愛が芽生え始める。
神への忠誠か、愛欲の果ての滅びか。巨大な神殿を揺るがす異教の儀式と、地平線を埋め尽くす戦車隊の激突が圧巻のスケールで描かれる、史劇ロマンの決定版。
ソロモンとシバの女王
Solomon and Sheba
(アメリカ 1959)
[製作] タイロン・パワー/テッド・リッチモンド
[監督] キング・ヴィダー
[原作] クレイン・ウィルバー
[脚本] アンソニー・ベイラー/ポール・ダドリー/ジョージ・ブルース
[撮影] フレディ・A・ヤング
[音楽] マリオ・ナシンベーネ/マルコム・アーノルド
[ジャンル] ドラマ
キャスト

ユル・ブリンナー
(ソロモン王)

ジーナ・ロロブリジーダ
(シバの女王)

ジョージ・サンダース
(アドニジャー)
マリサ・パヴァン (アビシャ)
デヴィッド・ファラー (ファラオ)
ジョン・クロフォード (ジョーブ)
フィンレイ・キュリー (ダヴィデ)
受賞・ノミネートデータ
| 受賞年 | 賞 | 部門 | 結果 |
| 1960 | 第14回英国アカデミー賞 | 撮影賞(カラー) | ノミネート |
評価
『十戒』や『ベン・ハー』といった大型史劇が映画界を席巻していた時代、巨匠キング・ヴィダーが放った野心作です。当時最新の「テクニラマ」方式で撮影された映像は、イスラエルの神殿やシバの軍勢を圧倒的な密度で捉え、視覚的な快楽を極限まで追求しています。
エキゾチックな魅力を振りまくジーナ・ロロブリジーダと、力強い個性を放つユル・ブリンナーの競演は、聖書の世界に人間的な情熱と官能を吹き込み、娯楽大作としての高い完成度を誇っています。
あらすじ:知恵の陥落、愛の試練
イスラエルの父王ダビデの後を継いだソロモン(ユル・ブリンナー)は、その知恵で国を繁栄させていた。これに危機感を抱いたエジプト王は、同盟国シバの女王(ジーナ・ロロブリジーダ)を使い、ソロモンを誘惑してイスラエルの結束を乱そうと画策する。
女王の美しさに心を奪われたソロモンは、異教の神を祀る祭典を許してしまい、神の怒りに触れて国は荒廃、敵軍の侵攻を許してしまう。自らの過ちに気づいたソロモンは、愛する女王への想いを抱えながらも、王としての誇りを取り戻すため、絶望的な状況下で最後の決戦に挑む。
敵軍に包囲され、絶体絶命となったイスラエル軍。しかしソロモンは、兵士たちの盾を磨き上げ、太陽光を反射させて敵の目を眩ませるという奇策を講じ、見事に勝利を収める。
シバの女王は自らの過ちを悔い、ソロモンの神の偉大さを認めて自国へと帰っていく。ソロモンは愛する人を失う悲しみを受け入れ、神に仕える賢王として、エルサレムの神殿再建と国の平和に生涯を捧げる決意を固める。二人の愛は結ばれることはなかったが、その魂の交流は歴史に刻まれることとなった。
エピソード・背景
- タイロン・パワーの悲劇と交代劇
当初、ソロモン役は名優タイロン・パワーが演じており、スペインでのロケも半分以上進んでいました。しかし、激しい決闘シーンの撮影中に心臓発作で倒れ、帰らぬ人となりました。急遽代役としてユル・ブリンナーが立てられ、大部分が撮り直しとなりましたが、遠景などの一部のカットには今もパワーの姿が残っていると言われています。 - ジーナ・ロロブリジーダの魔性の魅力
「世界一美しい女性」と称された彼女が演じるシバの女王は、その官能的なダンスシーンと共に大きな話題となりました。彼女の美しさが物語の説得力となり、賢王ソロモンですら理性を失うという展開に真実味を与えました。衣装デザインも彼女の曲線美を強調するように緻密に計算されています。 - ユル・ブリンナーの圧倒的な威厳
『王様と私』や『十戒』で知られるブリンナーは、知略と苦悩を併せ持つソロモンを堂々と演じました。彼の特徴であるスキンヘッドは、この古代の世界観においても神秘的な指導者としてのオーラを放ち、タイロン・パワー版とはまた異なる、強靭な王のイメージを確立しました。 - キング・ヴィダー監督の集大成
サイレント時代から第一線で活躍してきたヴィダー監督にとって、本作が実質的な最後の劇場用映画となりました。彼は、数千人の兵士が入り乱れる戦闘シーンや、神の雷が神殿を破壊する特撮など、長年のキャリアで培った演出術を惜しみなく投入し、スペクタクル映画の醍醐味を見せつけました。 - 黄金の盾の奇策
クライマックスで描かれる、盾の反射を利用して敵軍を壊滅させる戦術は、映画的なオリジナリティ溢れる名シーンです。史実や聖書の記述とは異なりますが、視覚的なインパクトを重視したハリウッド史劇ならではの演出として、当時の観客に強烈な印象を残しました。 - 巨額の制作費と興行成績
制作途中の主演交代劇により、予算は大幅に膨らみましたが、公開されると世界中で大ヒットを記録しました。豪華なセットやエキストラの動員数は、当時の映画製作の贅沢さを象徴しており、テレビの普及に対抗しようとした映画界の底力を示す作品となりました。
まとめ:作品が描いたもの
本作は、聖書に記された伝説的なエピソードを、男女の愛憎劇と壮大な戦闘スペクタクルとして力強く総括した娯楽映画の巨編でした。キング・ヴィダー監督は、知恵と欲望、信仰と誘惑という普遍的なテーマを、当時の技術の粋を集めた圧倒的なビジュアルで描き出しました。
波乱の製作過程を乗り越え、銀幕に刻まれたスターたちの情熱は、ハリウッド黄金時代における史劇映画の最後を飾る華やかな記録となりました。
〔シネマ・エッセイ〕
砂漠を渡る風の音、そしてシバの女王が現れた瞬間の、あの空気の揺らぎ。ジーナ・ロロブリジーダが纏う色彩豊かな衣装と、ユル・ブリンナーの鋼のような肉体が対峙するとき、そこには神話の世界が確かに息づいています。ソロモンが知恵を捨ててまで追い求めた愛の危うさは、現代の私たちにとっても決して他人事ではありません。
特に印象深いのは、やはりあの「盾」を使った決戦シーン。太陽の光を武器に変えるという発想の鮮やかさは、まさに「知恵の王」にふさわしい幕切れです。タイロン・パワーの悲報という影を背負いながらも、最後まで映画としての輝きを失わなかった本作には、当時のスタッフやキャストの、ショウを続けなければならないという執念さえ感じられます。
愛のために国を危うくし、愛ゆえに別れを選ぶ。ラスト、地平線の彼方へ去っていく女王を見送るソロモンの背中には、王として生きる者の孤独と気高さが滲んでいます。壮大な音楽と共に幕を閉じるその瞬間に立ち会う時、伝説が神話へと昇華していくような、不思議な感慨に包まれます。

